概要
東亜相互企業
建設資金は、東亜相互企業が
韓国外換銀行の信用保証を受け、
日本不動産銀行より約54億の借款を受けることにより調達した(その内の21億円が建設関連費に回された)が、最終的に建設費は建設会社に払われないままであったと伝えられている。
なおTSK・CCCは、町井が暴力団活動などの非合法活動から決別し、「表の社会の成功者」として振る舞うことを演出することを主な目的として建設されたこともあり、東声会の構成員は、TSK・CCCのオフィス棟に置かれていた東亜相互企業とそのグループ企業のオフィスに出入りすることが固く禁じられていた。
「Celebrity Choice Club」
しかし、町井の後見人的存在でありオフィス棟に事務所を置いていた
児玉誉士夫が「
ロッキード事件」で
1976年に
逮捕された影響を受けて、東亜相互企業が
1977年6月に不渡りを出し
倒産したこともあり、その最盛期は短かった。また同時期には、アメリカの韓国系ロビイストが関係した汚職事件の舞台としてTSK・CCCが使われていたとしてアメリカ議会の委員会から調査を受けるなど、不名誉な形で取り上げられることが増えたこともあり、急速に客足が遠のくことになる。
「幽霊ビル」
その後はオーナーである町井の意向や東亜相互企業の経営不振もあり、いくつかの店舗が閉鎖され、
松尾和子やデヴィ・スカルノなどが経営する新しい店と入れ替わるなどしたものの、以前の様な派手な展開は行なわれなくなった。その上に、メンテナンスや改装があまり行われなかったことから、
バブル景気が崩壊した
1990年代に入ると「幽霊ビル」と呼ばれるようになっていく。
この頃以降は町井の長男である佐藤雄司などのアドバイスを受けて、空いたクラブやレストランなどのエリアはクラブや
ディスコなどに貸し出されるようになり、若者を中心に以前とは違う形で盛況を見せることもあった。
閉鎖と競売
その後
2007年4月1日には、最大のテナントであった
Club Vanillaが閉店し、「東亜ビル管理組合顧問」を名乗る朝堂院大覚や、いくつかの残ったテナントが立ち退きを巡って所有者らと争っていた。2008年3月一杯でビルは完全に解体された。
主な施設
補足
関連項目
出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)