竹内式部と往来があり、江戸幕府の忌諱にふれ、
宝暦事件に座し、永蟄居。のち
内裏造営にさいし、考證の功により、勅命により赦免される。
『大内裏図考證』
和装14冊。
天明8年(
1788年)、蟄居30年間を費やして完成。裏松光世著、内藤広前(ないとう ひろさき)補正。
藤井貞幹も助力したという。「故実叢書」所収。「増訂故実叢書」所収。
大内裏研究の第一の書。
平安京左右両京の区画制度、離宮、摂関の邸第などから書き始めて、大内裏構内の諸殿舎にかんして綱をあげ、目をわかち、古図旧記をかかげて例証し、くわしく解説する。
朝堂院の付録として大嘗宮にかんする考証をのせ、
紫宸殿、
清涼殿の付録として両殿内の調度をしるすなど、関係事項を網羅し、すこぶる用意周到である。
出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)