麻酔(ますい、元の用字は
痲酔)とは、
薬物などによって人為的に
疼痛をはじめとする
感覚をなくすことである。これにより、
手術を受けることができ、また、耐え難い苦痛を取り除くことができる。麻酔は通常、局所の感覚のみを失わせる
局所麻酔と全身に作用する
全身麻酔がある。
概略
主に医療で治療などにおける患者・動物の苦痛を軽減させると同時に、筋の緊張を抑える目的で用いられる。薬物を用いる場合、体質によっては使うと危険な場合(
アナフィラキシーなど)があり注意を要する。国にもよるがかつては
阿片や
モルヒネなどの
麻薬が用いられたこともあり、これらを使用した患者や取り扱いを行なう者に
依存症が発生することもあった。現在使われている
麻酔薬はこういった危険が少ないものが増えてきているが、これらも使い過ぎるのはやはり危険である。麻酔薬を
睡眠薬と混同している人も少なくはないが基本的に別物である。
一般にはあまり知られていないが、上記、狭義の麻酔に加えて、手術中の生命維持を行う医療も麻酔に含まれている。このことは、麻酔医療は、痛みや意識を取るという狭い意味での麻酔に加えて、生命維持に必要な、呼吸管理、循環管理、体液管理、中枢神経管理を手術中にリアルタイムで病態治療を行ってゆく。したがって、術前・術中・術後の生命維持の総合医学として高度に専門的な知識と実践が要求され、きわめて専門的な知識が必要とされるため、
医師、
歯科医師においても別に研修を積む必要がある。
診療科として「麻酔科」を名乗るには、厚生労働大臣の
麻酔科標榜医許可を取らなくては用いることができない(
医療法第70条2項、及び医療法施行規則第42条の4に基づく)。
麻酔の種類
局所麻酔
麻酔薬を局部に作用させ
末梢神経の活動を抑える。投与法、遮断部位によって表面麻酔、浸潤麻酔、周囲浸潤麻酔、伝達麻酔に分けれられる。
全身麻酔
静脈
注射ないし
ガスの吸入によって
中枢神経に薬物を作用させる。多くの全身麻酔では中枢神経系の機能を抑制したり、大脳新皮質を解離させたりして
意識を可逆的に失わせるが、NLA(英語 Neurolept anaesthesia の略)では意識を保った麻酔も可能である。筋弛緩を伴う吸入麻酔の際は人工呼吸器が必須であり、
気化器と一体になった麻酔装置(麻酔器)が用いられる。
歴史
薬物を用いない麻酔
薬物を用いない麻酔として
催眠術や
針麻酔が長い歴史を持っている。このほか、
低体温法、電気麻酔というものも存在する。
日本では
江戸時代には既に
氷を用いた
低体温法が存在したという。針麻酔は中国で道教の開業医が鍼治療から開発した麻酔で、
鍼灸術伝来により日本に伝わった。あるいは鍼麻酔は、一般には1958年の手術を嚆矢とし、1971年のアメリカ人の虫垂炎か抜歯の手術で世界に知られるようになった、と言われている。が、麻酔効果には、当時も、今日も、疑問の余地が大きい。
薬草を起源とするもの
先史時代には
薬草による麻酔が利用されていた。
アヘンと
大麻の二つが最も重要な薬草として利用されていた。それらは経口で摂取するか、燃やしてその煙を吸い込むことで利用された。
アルコールもまた利用された(血管を拡張させる作用の存在は知られていなかった)。
南アメリカでは
チョウセンアサガオから抽出された
スコポラミンが
コカのように用いられた。中世ヨーロッパでは用意された多くの
マンドレークがヒヨス(ヒヨスチアミン)のように用いられようと試された。
中国では
後漢末期、
華佗が「麻沸散」という麻酔を使い、手術を行ったと『
三國志』に記録されている。麻沸散の成分は不明だが、これも大麻を使ったものではないかといわれている。
また、
日本の
華岡青洲はチョウセンアサガオから抽出した物質を主成分とする全身麻酔薬「通仙散」を開発し、
1804年に
全身麻酔下の手術を行った。
乳癌に対する手術であった。はっきりした記録が残っているものでは世界初である。
初期の吸入麻酔薬
モートンがLetheonと名づけ、アメリカ合衆国での
特許をとった
化合物を彼は秘密にしようと努力したが、それにもかかわらず、1846年末までにはこの発見と化合物の性質に関するニュースは
ヨーロッパに広まった。Liston、Dieffenbach、Pirogoff、Symeなどの評価の高い
外科医たちは
ジエチルエーテルを用いた手術を試みるようになった。
クロロホルムもジエチルエーテルと並んで急速に発達した。クロロホルムはジエチルエーテルと異なり手術室では常温で引火せず、また、麻酔導入にはジエチルエーテルより扱いやすいと考えられていた。クロロホルムは
1831年に発見され、
有機化合物に関する幅広い研究の中で、
1847年にクロロホルムの有効性が発見され、ジェームズ・シンプソンが無痛分娩に成功した。クロロホルムの使用は広がり、
1853年、ジョン・スノーがレオポルド王子出生時に
ヴィクトリア女王にそれを与えた時に国王の認可を受けた。しかし、クロロホルム麻酔は重篤な心毒性、
不整脈を引き起こし、死者が相次いだため、まったく用いられなくなった。
その後、導入麻酔薬と維持麻酔薬は別のものを使用する麻酔法が主流となり、ジエチルエーテルは維持麻酔薬として最も優れているとされた。しかし手術室の電子化にともない、ジエチルエーテルの引火性が問題となり、先進国では使用されなくなった。ただ今でもその優れた特性から、発展途上国では維持麻酔薬として頻用されている。
局所麻酔薬
最初の有効な
局所麻酔薬は
コカインであった。
1859年に分離されたコカインは眼科医である
カール・コラーによって
1884年に用いられたのが最初である。その前までは、医師は塩と氷を混ぜたもので冷たさによる麻痺を得るなどしており、これは限られたケースでしか使えないものだった。この感覚脱失はエーテルやクロロエチンのスプレーでも引き起こせた。
初期のオピオイド
20世紀
全身麻酔にかかわる概念
- 肺胞内濃度は、吸入麻酔薬の肺胞内における濃度である。これはほぼ、神経組織内での分圧に比例するとされ、麻酔深度を調節する重要な指標となる。実際の測定には、呼気終末濃度がほぼ肺胞内濃度と等しいためこれが用いられる。同じ濃度の吸入麻酔薬を用いるなら、心拍出量は少ない方が肺胞内濃度は上昇しやすい。
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最小肺胞内濃度(MAC)は吸入麻酔薬の強さを比較する手段で、侵害刺激に対し、50%の人が反応をやめるような肺胞内濃度と定義されている。
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麻酔深度は全身麻酔の強弱を表す概念的な用語である。不必要に麻酔深度を深くすると薬剤の過量投与につながる恐れがあるが逆に麻酔深度が浅すぎると手術中に意識がある状態になってしまう。手術中は適切な麻酔深度を保つことが必要である。麻酔深度の定量的な評価をする試みとしてBIS(Bispectral index)モニタやエントロピーモニタが開発されている。
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血液/ガス分配係数(blood/gas partition coefficient)は麻酔の導入と回復の速さに比例する値である。平衡状態に達した吸入麻酔薬の濃度に対する血液中の吸入麻酔薬の濃度の比であり、吸入麻酔薬の導入と麻酔からの回復の速さを示す指標となる。すなわち、この値が小さい麻酔薬は導入と麻酔からの回復が速くなる。
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油/ガス分配係数は麻酔の強さに比例する値である。
関連項目
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