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傍論

傍論(ぼうろん、:Obiter dictum、オビタ・ディクタム)は、判決において表された裁判官の意見のうちで、判決理由:ratio decidendi、レイシオ・デシデンダイ)には入らない部分。判例としての法的な拘束力は持たないが、裁判所の判断についてある程度の予見可能性がもたらされるので、既存の法的疑義の解消や同種の紛争の蒸し返しを防ぐ事実上の効果もある。裁判が長期に及んだため原告が死亡し訴訟が終了した朝日訴訟事件の傍論が有名である。主文では請求を退ける一方で、傍論においては敗訴した側に一定の理解を示すような判決は、しばしば物議の種になる。
傍論が判例としての効力はないからといって、法的拘束力が全くないという見解は不適切である。傍論が「判決要旨」として記載され、先例の意味が定着することがある。たとえば「内縁の不当破棄について、婚姻予約不履行として損害賠償を認めた」判例(大連判大4.1.26民録21.49)がある。現在でも先例として機能しているが、判決理由(レイシオ・デシデンダイ)は「内縁の不当破棄は名誉毀損を理由とした不法行為にならない。」とする部分にすぎない。
死刑適用基準の永山基準は最高裁判所判例による基準であるが、この基準がすべてこの事件の解決のために必要であったかというと、そうではない。一般的に適用する考え方であり、典型的な傍論の「なお、・・・」で下級審が意見表明した部分は判例としての効力(法的拘束力というよりも「効力」という方が適切である)はないのであるが、最高裁判所判決では、一般論としての基準は傍論であっても、判例としての効力を有すことになる。しかし、この基準は万能でなく、個別具体的事例である光市母子殺害事件の判断において修正されることになったといえる。
なお、英語版obiter dicta記載最後では、反対意見の議論も傍論となり、インド最高裁判所では傍論の多くが拘束力を与えると説明している。

参考文献

  • 井上薫『司法のしゃべりすぎ』(新潮社、2005年2月)ISBN 4106101033
  • 中野次雄編『判例の読み方(改訂版)』(有斐閣、2002年4月)ISBN 4641027730

関連項目

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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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