来歴
2005年の
総選挙で、前職・
佐藤信二(元
運輸大臣)の引退に伴い、自民党の候補者擁立が難航していた
山口2区から、市議県議選挙連戦トップ当選の好感度・人気・若さをもって、公示9日前に
出馬が決定。『まだ県議2年目で中央政界に挑むには若すぎる、時期尚早か』との葛藤もあり、妻の第二子出産を直前に控えていたが、岩国高校卒業生・同窓生の20代〜40代男女中心に圧倒的な支持を広げ、また自民党山口県議会議員が一斉に山口2区に入り応援に力を入れたこともあり、「
小泉旋風」にも乗って
民主党公認の前職・
平岡秀夫に588票差の僅差で勝利し、保守王国といわれる山口県下四小選挙区全議席奪還に成功した。
岩国市長だった
井原勝介が予算案を巡る市議会との対立により
2007年12月に辞職したことに伴う
2008年2月の出直し市長選挙において、市議会の過半数を占める
在日米軍再編容認派の市議会議員や地元選出県議、地元経済界、市民団体などから岩国市長選出馬を要請され、
1月5日に記者会見を開き出馬を表明し、その後
河野洋平衆議院議長に辞職願を提出、1月22日の衆議院
本会議で辞職願が許可された。
2008年
2月10日投票の山口県岩国市長選挙で1782票の僅差ながら井原を破って初当選。市長就任会見で福田は騒音問題等が担保されれば、在日米軍再編の流れの中で岩国基地への空母艦載機移転には現実的対応をするとの意向を表明した。
関連項目
外部リンク
出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)