地理
琵琶湖を取り巻く各自治体は、大きく
湖南・
湖東・
湖北・
湖西に分けられる(湖南から
甲賀を分けることもある)。これらの区分については「
滋賀県#地域」を参照すること。
湖を取り囲む
山地からの流れが源流で、
京阪神の水瓶という機能も担っている。また、古くから水上交通路としても利用されており、明治時代に
鉄道が開通するまでは、
京都・
大阪から
東国・
北陸への物資輸送に利用されていた。
なお「急がば回れ」という
諺は、現在の
草津と
大津の間を結んでいた「矢橋の渡し」を詠んだ
和歌が語源となっている。
東京湾中等潮位(T.P.)基準で+84.371 m、
大阪湾平均干潮位(O.P.)基準で+85.614 mの高さが琵琶湖基準水位(B.S.L.)と定められており、「琵琶湖の水位」とはB.S.L.を±0 mとした水位のことをいう。B.S.L.は、
1874年(明治7年)に鳥居川観測点において「これ以上水位が下がることはない」と判断された点として定められたものであるが、その後、瀬田川の改修によって流出量が多くなったことなどにより、水位がB.S.L.以下になることが多くなった。現在では、B.S.L.の値がおおむね満水位となるように水位の調整が行われている。
歴史
(写真左)から
比良山地(写真右)へと続く。琵琶湖西岸は断層崖が急激に琵琶湖に落ち込むため平地に乏しい。この断層の主活動時期は20万から30万年前で琵琶湖の歴史に比べて新しい。(2008年1月18日撮影)]]
琵琶湖が形成された時期は、約400万年〜600万年前で、現在の
三重県伊賀市平田に
地殻変動によってできた
構造湖であった(大山田湖)。これが次第に北へ移動し、
比良山系によって止められる形で現在の琵琶湖の位置に至ったという。大山田湖以前、現在の琵琶湖の位置には山(古琵琶湖山脈)があり、
鈴鹿山脈は未だ隆起せず、今日の琵琶湖東南部の河川は
伊勢湾へ流れていた。それを裏付けるように、
鈴鹿山脈の主要な地質は
礫岩である。また、琵琶湖に流入する最大の川で、東南に位置する
野洲川は、当時西方ではなく、東方へ流れていたという。
縄文時代や
弥生時代から
交通路としても利用され、
丸木舟なども出土している。
古代には、都から近い淡水の海として
近淡海(ちかつあわうみ、単に淡海とも。
古事記では「淡海の湖」(あふみのうみ)と記載)と呼ばれた。近淡海に対し、都から遠い淡水の海として
浜名湖が
遠淡海(とおつあわうみ)と呼ばれ、それぞれが「
近江国(おうみのくに、現在の滋賀県)」と
遠江国(とおとうみのくに、現在の
静岡県西部)の語源になった。別名の
鳰海(におのうみ)は、近江国の
歌枕である。
天智天皇により、一時は琵琶湖西岸に
大津宮が置かれた。測量技術が発達し湖の形が
琵琶に似ていることが判った
江戸時代中期以降、琵琶湖という名称が定着した。
琵琶湖は、
若狭湾沿岸からの年貢の輸送路としても利用されており、湖上で賊に襲撃された記録なども残されている。湖西には、大津から
若狭国へ向かう
西近江路や
若狭街道、
京都から琵琶湖などを経て
今庄から
北陸道につながる
北国街道などの各種交通路が整備された。湖上交通による荷物の輸送も行われており、大津や
堅田などは港湾都市として発達した。
琵琶湖が
淀川となって
大阪湾に流れる位置から、京都が首都だった時代には、
若狭湾で陸揚げされた物資が琵琶湖の湖上交通で京都や
大坂に輸送されていた。湖上を介した水運は陸上交通の発達によって斜陽となったが、
高度経済成長期には琵琶湖から運河を掘削して
日本海や
太平洋・
瀬戸内海を結ぶ運河構想が持ち上がった。当初は、琵琶湖から日本海と瀬戸内海を結ぶ阪敦運河構想を
北栄造福井県知事が調整し始めたが、当時の平田佐矩四日市市長が熱心だったこともあり、
福井県・
滋賀県・
岐阜県・
愛知県・
三重県、
名古屋市・
敦賀市・
四日市市の間で、自民党副総裁の
大野伴睦を会長に、総工費2500億円〜3500億円に及ぶ若狭湾〜琵琶湖〜
伊勢湾を結ぶ運河の建設期成同盟が結成された。しかし、大野自民党副総裁、平田四日市市長の死去と、北福井県知事、畑守敦賀市長が相次いで落選するなど、推進の中心人物を失い、1970年には
中部圏開発整備本部が調査の打ち切りを発表した。)。
生物相
琵琶湖の生態系は多様で、1000種類を超える動・植物が生息している。長い期間自立したためその中には琵琶湖にのみ生息する
固有種も数多く確認されている。その規模も大きく、独特の漁業が発達した。
その一方で、
オオクチバスや
ブルーギルをはじめとする
外来種の侵入や1992年の琵琶湖水位操作規則の改訂、内湖の消失、水田とのネットワークの分断等によって固有の生物相が大きく攪乱を受け、漁獲高が激減した種も多い。それらへの対抗策も講じられ、外来種駆除や生態系に配慮した水位操作、内湖の再生など様々な取り組みが行われているが、まだ十分な効果をあげられていない。また、琵琶湖産の稚
アユは日本各地へ放流され、そのために琵琶湖固有種が各地で繁殖するという、
移入種を生み出す元ともなっている。
魚貝類
水草
その他
流入する主な河川
(自治体名は主な流域)
画像:20080813AnegawaBiwaKo.JPG|姉川三角州
画像:20080813AdoGawa.JPG|安曇川三角州
港
-
大津港
-
長浜港
- 彦根港
- 竹生島港
- 今津港
-
沖島漁港
- おごと温泉港
- 草津烏丸半島港
- 琵琶湖大橋港
画像:Otsu port03s3200.jpg|大津港
画像:Nagahama port01s3872.jpg|長浜港
画像:Port of imazu01s3200.jpg|今津港
湖面の島
琵琶湖八景
1945年6月に公募によって選ばれた。
- 暁霧 - 海津大崎の岩礁(高島市)
- 涼風 - 雄松崎の白汀(大津市)
- 煙雨 - 比叡の樹林(大津市)
- 夕陽 - 瀬田・石山の清流(大津市)
- 新雪 - 賤ヶ岳の大観(木之本町)
- 深緑 - 竹生島の沈影(長浜市)
- 月明 - 彦根の古城(彦根市)
- 春色 - 安土・八幡の水郷(近江八幡市・安土町)
画像:Biwako123844.jpg|海津大崎
画像:Biwako new year 2004.jpg|唐崎神社からの初日の出
画像:Anegawa Biwako.jpg|姉川河口から
画像:Chikubu-island 2.jpg|冬の湖北。湖上左寄りは竹生島
画像:Okishima Lake Biwa.jpg|連絡船より見る沖島
画像:OkiShimaInBiwaKo.jpg|定期航空機より見る沖島
琵琶湖の環境保全
高度成長にともなって湖水の
水質汚濁や
富栄養化がすすんだ。このため滋賀県は独自に工業排水と家庭用排水を規制する、いわゆる琵琶湖条例(滋賀県琵琶湖の富栄養化の防止に関する条例)を制定した。このほかに、琵琶湖に関しては、「滋賀県琵琶湖のレジャー利用の適正化に関する条例」や、「滋賀県琵琶湖のヨシ群落の保全に関する条例」、また景観を守るための「ふるさと滋賀の風景を守り育てる条例」などがある。
また、周辺の工場は地下水をくみ上げ、さらに汚染水地下水浸透禁止の
水質汚濁防止法が改正されるまでは、汚染水を意識的に地下に浸透していた工場も多く、琵琶湖周辺の工場地帯の
地下水汚染は進んでおり、世界一の閉鎖性水域の琵琶湖の水環境を守るために、早急の対策が必要と言われている。
沿岸自治体
琵琶湖に接する自治体は以下の通り(北から時計回り)。右記は、市町村ごとの面積(単位:km?)。
境界の設定
境界確定の目的は主に
地方交付税交付金の増額である。また、増額された交付金の半分は琵琶湖の保全に使われることが発表されている。
その他
表記
「琵」「琶」が
当用漢字・
常用漢字外であることから、滋賀県内では
ひらがな書きにした「
びわこ」「
びわ湖」という表記も数多く見られる。かつては「
びわ町」という自治体も存在した。
出典
関連項目
- 湖沼に関する記事
- 琵琶湖および周辺の地勢に関する記事
- 芸能・文化・イベント
- 交通
外部リンク
*ひわこ