メンバー
芸歴
1990年に太田プロから独立。しかし、この独立は一方的に辞める形だった為、太田プロの怒りを買うことになり、一時的に仕事がなくなりテレビからも姿を消す。いわゆる干された状態だった。辞めた理由については、自分達のやりたい仕事がしたかったから、人気者となった2人を当時の担当
マネージャーが唆した、など諸説あるが、このことについて自ら話したりネタにすることはなく、周りもその話題に触れることはない。この時期は、田中は主にコンビニのアルバイトで、太田は妻・
太田光代の
パチンコや
パチスロでの稼ぎで生計を立てていた。太田は暗算が非常に苦手で、レジのバイトをすると客から苦情を言われないようにと釣銭を多く渡す等まともにアルバイトが出来なかった。一方田中はこのまま社員にならないかと声をかけられるほどの仕事ぶりであった。しかし3年間全く仕事がなかった訳ではなく、オムニバス
ドラマ番組『
悪いこと』では脚本(太田)・出演(太田、田中)、オムニバス
映画バカヤロー!4(
森田芳光プロデュース)の中の一本では監督(太田)を務めた。また、営業として数多くの予餞会でネタ披露をした。自称「日本一予餞会に出た芸人」。
2008年、コンビ結成20周年。テレビ朝日にて6月25日、26日に「爆笑問題結成20周年記念 2夜連続特別企画」として、『
今すぐ使える豆知識 クイズ雑学王』及び『
爆笑問題の検索ちゃん』の2時間特番が放送され、様々なコンビ結成以来の映像や、秘話が紹介された。『検索ちゃん』SPでは司会の太田のテンションは最高で、2時間番組の収録に9時間を費やし、後半は太田の声が枯れてしまう程で、
土田晃之ら出演者から「司会技術がない!」「いい加減に終われ!」とクレームが出る始末であった。尚、番組の最後で、出演芸人達が答える「爆笑問題の弱点」が発表されたが、それは「太田の喋りが長すぎる」という「弱点」ならぬ「欠点」であった。尚、彼らによると、太田光代社長が「弱点」とのこと。
受賞歴
エピソード
大学時代
2人の出会いは日大芸術学部の試験会場であり、試験会場で些細な試験官の言動に怒って叫ぶ太田を見た田中は「関わり合いになりたくない」と思っていた(とはいえ田中は、どうせ受からないだろうと思い込んで、野球のユニフォームを着て受験に臨んでいた(週刊文春「家の履歴書」より))。その後、大学の合格発表時に偶然再会して田中が「こいつ日大受かっちゃったよ」と思い太田に話しかけた所、太田は受験会場の様子とは全く違い、律儀な受け答えをしていた(『笑っていいとも!増刊号』にて)。また、入学後の最初の授業でも騒ぎ他の生徒達を盛り上げたが田中はその雰囲気に乗らなかった。
日本大学時代の取得単位は二人合わせて17単位だった。しかも太田は2単位しかとっておらず、そのうち1つはスキー合宿の参加者全員にもらえる単位だった(「爆笑問題のきょうのジョー」、「爆笑問題の世紀末ジグソーパズル」などの発言より)。
プライベート
プライベートでは田中は太田の事を「光」と呼び、太田は田中の事を「小僧」と呼ぶ。田中が仕事のときに太田の事を「太田さん」と呼ぶのは仕事とプライベートの区切りをつけるためであり、太田が田中の事を「田中」と呼ぶのは、「小僧」では誰のことかわからないと感じているため(1997年3月7日放送『金曜UP’Sスペシャルスプリング』)。
また、お互いはごく近所に暮らしている(太田は「田中がこっちに引っ越してきたんだ」と言っているが、田中は「お前が俺の生まれ故郷(東京)にやってきたんだろ」と反論している)。
趣向
2人とも
猫好きであるが、ペットの可愛がり方は異なり、可愛がり倒す田中に対して太田は殆ど構わない。その所為で互いの猫の性格も違い、来客に纏わりつくような田中家の猫に対して、太田家の猫は来客には絶対に近寄らない。2人とも酒が飲めないが、太田が眠れない時に焼酎を飲んで酔っ払い、翌日の仕事でまだ酔いが残っていた為、スタジオの照明を見て踊りだす事があった。2人は
佐野元春と
サザンオールスターズの話題になると、必ずどちらの方がより良いファンかという話題でもめる。
芸能活動
コンビ名の由来は
ラテ欄でよく使用されるフレーズ「爆笑」と、本屋でたまたま「問題実話」と言う本を目にした際、タイトルに「問題」と入れていたことが印象に残っていた事から太田が命名。また、カタカナ名のコンビが多いため目立とうとしたのも理由の一つである事を太田の自伝「カラス」に記されている。「カラス」は一時期コンビ名を変えようと考えていた時、候補に上がっていた言葉である。前述の通り、コンビの(名目上の)リーダーは田中であるが、それを決めたのは太田である。
テレビ番組(現在は司会・MCが主)、
ラジオ番組(『
爆笑問題カーボーイ』)のレギュラーを多数抱えるが、タイタンの定期ライブや雑誌の連載、本の出版などもこなしている。漫才のネタは主に太田が作っている。時事ネタや社会風刺を題材としたものが目立ち、「社会派漫才」等と呼ばれる。芸能人の活動の中心がテレビとなっている中、太田は「
ラジオで笑いが取れる芸人になりたい」と、漫才への思いを表している。漫才のネタ作りは「田中がスクラップした新聞記事を太田が読んでボケて行き、田中はそれに対してツッコミをいれつつネタを書き留めていく手法をとる。そのことから太田は田中のことを「書記」と指した事がある。またこの作業は太田家のリビングで行われる。
お笑い芸人がトップクラスの域になると自分のレギュラー番組しか出演しなくなる傾向が強い中で、多忙になった現在でも積極的に他人の番組にゲスト出演をしている。また、
NHK等、教養色の強い番組への出演も多い。
事務所公式HPのプロフィール写真は1997年頃に撮影された宣伝用写真である。
コンビ仲
太田は田中との比較において絶対的な自信を持っており、様々な機会を捉えてはギャグの一つとして田中への非難・痛罵を繰り返す。テレビなどでは太田が田中を非難することが多いが、田中(「キレる子供」と揶揄される)がすぐに解散を口にするので、いつも太田が謝って収拾している。前述、に基づくエピソードとして、新人時代に田中がネタをとちってしまい、ネタ終了後の楽屋で太田が田中を責めたが、田中が「次の舞台でネタを間違ったらコンビ解散!」と言い放ち、何故か逆ギレされてしまう。しかし太田は「こんな事で解散されちゃ、たまったもんじゃない」と田中を必死になだめたという事があった。
『
爆笑問題のススメ』内で、ゲームでイカサマをするか、ルールを守るかで大論争。そのときのゲストである
糸井重里に「このコンビはすごいね」と言われた。
2000年
9月11日、田中は片側の
睾丸の摘出手術を行なった。その際、
シドニー五輪になぞって「田中、金とった!!」と言う見出しが
スポーツ新聞を飾った。また、記者会見では太田が田中をネタにギャグを連発して笑いを取った。なお、前日から太田は入念にギャグを考えていた。
著名人関連
2人は後輩の
萩原正人が
肝硬変を患った際に何とか彼の命を救おうと奮闘し、結果的に命を救っている。
デビューして間もない頃、2人の才能を見抜いた落語家の
立川談志は太田に「天下獲っちゃえよ」と応援の言葉を送ったという。また、「こいつ(田中)だけは切るな。こう出来た奴もなかなか居ないもんだ」と、田中の相方としての重要性を説いている。
国内外の笑芸を、長年に渡って研究している作家の
小林信彦は、「近年のお笑いブームでは、爆笑問題につきる。」と発言しており、また爆笑問題と対談もしている。
タモリ
ビートたけし
太田は
ビートたけしの影響を強く受けており、「たけしさんが出てきた時から、本音を言うことがいかに面白いかを知った」とフジテレビ「
たけしの日本教育白書」で語っている。太田が「コメディ映画を撮りたい」とたけしに相談した際、「映画を作るなら初めに当てろ」「コメディ作るなら金をかけろ」と言われた(「
伊集院光 日曜日の秘密基地」より)。
たけしは爆笑問題結成当初の頃にたまたまコントを見た事があり、「こいつらは面白いと思った」「ネタの切り口が
ツービートと似ていた」と語っている。その一方でたけしの弟子である
浅草キッドとは仲が悪く、特に太田と
水道橋博士は犬猿の仲として知られる。上記の通り、萩原正人が肝硬変で入院していた際、病院で爆笑とキッドが鉢合わせ(この時期、キッドも萩原の入院生活をサポートしていた)してしまい、萩原が寝ている病室で太田と博士が取っ組み合いの喧嘩を始め、病気で苦しんでいるはずの萩原がギャグでその場を取りなそうとした事もあったらしい。その後二人は一緒に酒を飲みに行き仲直りしたと言われている。(浅草キッド著お笑い男の正座より)
明石家さんま
さんま自身が滅多に他人の番組のゲスト出演をしない為、
爆笑問題カーボーイにゲスト出演したのは異例とされている。さんまが爆笑問題と共演すると、必ずと言っていい程“田中の身長”をネタにしたり2人が独立して苦労した頃の話をしたりする。特に独立して苦労した話に関しては当時のさんまもかなり心配していた模様で、爆笑問題が再び売れ始めた
1998年頃には積極的に自らの番組に出演させるなど一役買っている。また、「
たけし・さんまの有名人の集まる店」ではお笑いコンビとしては唯一ゲストとして出演をさせ、「
明石家サンタの史上最大のクリスマスプレゼントショー」では初めてスタジオに直接出演させるなど優遇している。
渡辺正行
爆笑問題が結成間もない頃、『関東のお笑い登竜門』とも言われている
渡辺正行主催、ライブハウス「ラ・ママ」で行われるライブに初出演したネタが大ウケしてその場で太田プロにスカウトされ、ライブ内で話題となった。渡辺は後にインタビューで「この瞬間に立ち会えたのは幸福なこと」と語っている。
結成当時から行っていた『いじめ』などの差別ネタや毒舌ネタなどが「TV向きではない」などと言われ出した際、渡辺は「今はTVに出るよりも面白いと思えるものをやった方がいい」と擁護した。
その後、渡辺は
「爆笑大問題」シリーズにレギュラーとして出演し、番組が終了した現在でも爆笑問題の番組に度々共演する機会がある。また、雑誌の連載で「師匠と呼べる存在」と呼ばれたこともある。
田原総一朗
現在の出演番組
レギュラー番組
ラジオ
過去に出演した番組
レギュラー番組
特番・単発
ラジオ
CM
現在放送中のCM
- en-japan 転職は慎重に(2006年7月〜)
-
万有製薬・AGA(2006年11月〜)
-
アサヒビール カクテルパートナー(2006年8月下旬頃まで声のみ・それ以降は出演も。)
-
スカイパーフェクTV!(2007年4月〜太田のみ)
- SAKURADIA(2007年9月〜太田のみ)
-
NTTドコモ・Answer(2008年5月〜)
過去の出演CM
テレビ・ラジオ以外の活動
出演番組やコントライブの一部は、DVDに収録され発売されている。
雑誌連載
出版
二人が歴史や時事問題等について漫才形式で書かれているもの(「日本原論」シリーズ等)が多いが、太田によれば、爆笑問題・著となっているにもかかわらず田中はまったく作業に参加せず、太田が一人で執筆している例もあると言う。田中曰く「名前貸しみたいなもんです」。また、原稿料は田中にも配分されている。
- 日本原論シリーズ
- 『爆笑問題の日本原論』宝島社(1997年2月)
- 『爆笑問題の日本原論2000』メディアワークス(1999年12月)
- 『爆笑問題の日本原論 2』幻冬舎文庫(2002年12月)
- 『爆笑問題の日本原論世界激動編』幻冬舎(2002年5月)
- 『こんな世界に誰がした』幻冬舎(2004年1月)
- 『偽装狂時代 爆笑問題の日本原論5』幻冬舎(2006年5月)
- 日本史原論シリーズ
- 『爆笑問題の日本史原論』メディアワークス(2000年8月)
- 『爆笑問題の日本史原論 偉人編』メディアワークス(2001年8月)
- 『爆笑問題の日本史原論グレート』幻冬舎(2002年8月)
- 『昭和は遠くになりにけり』幻冬舎(2003年7月)
- 『日本史が人物12人でわかる本』幻冬舎(2004年7月)
- 『ニッポンの犯罪12選』幻冬舎(2005年7月)
- 『爆笑問題の戦争論』幻冬舎(2006年8月)
- 『日と米』幻冬舎(2007年9月)
-
爆笑問題のきょうのジョー(漫画・西本英雄)
- 『爆笑問題のきょうのジョー 1』(共著)講談社(2001年7月)
- 『爆笑問題のきょうのジョー 2』(共著)講談社(2001年9月)
- 『爆笑問題のきょうのジョー 3』(共著)講談社(2001年11月)
- 『爆笑問題のきょうのジョー 4』(共著)講談社(2002年5月)
- 世紀末ジグソーパズルシリーズ
- 『爆笑問題の世紀末ジグソーパズル』集英社(1999年12月)
- 『爆笑問題時事少年』集英社(2001年4月)
- 『爆笑問題の今を生きる!』集英社(2003年4月)
- 『爆笑問題のそんなことまで聞いてない』集英社(2004年4月)
- 『爆笑問題のふざけんな、俺たち!』集英社(2005年4月)
- 『風説のルール』集英社(2006年4月)
- 『爆笑問題の清き一票を田中に!』集英社(2007年5月)
- 『爆笑問題の(笑)』集英社(2008年5月)
- 天下御免の向こう見ずシリーズ
- 『天下御免の向こう見ず』二見書房(1997年10月)
- 『ヒレハレ草』二見書房(1999年10月)
- 『三三七拍子』二見書房(2001年3月)
- 爆笑問題カーボーイシリーズ(カーボーイのコーナーを書籍化したもの)
- その他
- 『ファミスタ64公認ガイドブック』小学館(1998年1月)-※インタビューに登場。太田・田中が(編集部のほうで)作成したオリジナルチームで試合が行われた。
- 『爆笑問題のピープル』幻冬舎(1998年6月)
- 『爆笑大問題』講談社(1999年1月)
- 『超爆笑大問題』講談社(2000年2月)
- 『爆笑問題の死のサイズ 新聞の死亡記事で読み解く、20世紀人物列伝』扶桑社(2000年6月)
- 『爆笑問題の死のサイズ 上・下』扶桑社文庫(2002年7月)
- 『対談の七人』新潮社(2000年12月)
- 『爆笑問題とウルトラ7』新潮社文庫(2002年12月)
- 『爆笑問題・パックンの英語原論』(共著)メディアワークス(2001年8月)
- 『爆笑問題のザ・コラム』講談社(2001年11月)
- 『バクマン!』(共著)幻冬舎(2002年5月)
- 『爆笑問題・パックンのニュースで英語を学ぶ本』(共著)幻冬舎(2002年11月)
- 『爆笑新聞』角川書店(2002年12月)
- 『爆笑問題の「文学のススメ」』新潮社(2003年10月)
- 『爆笑問題が読む龍馬からの手紙』情報センター出版局(2005年8月)
映画
-
バカヤロー!2 幸せになりたい。(1989年) - 爆笑問題出演
-
バカヤロー!4 YOU! お前のことだよ(1991年) - 1話目を太田が監督した。田中裕二、太田光代出演
- マコトノハナシ(1992年) - 第4話・爆笑問題出演、第5話・太田光出演
- 草の上の仕事(1993年) - 太田光出演
- たどんとちくわ(1998年) - 爆笑問題出演
- ズッコケ三人組 怪盗X物語(1998年) - 田中裕二出演
- エンカウンター3D(1999年) - 吹き替え版・製作総指揮、声の出演
-
モンスターズ・インク(2001年) - 吹き替え版・マイク役:田中裕二(声の出演)
-
アイス・エイジ(2002年) - 吹き替え版・シド役:太田光(声の出演)
-
模倣犯(2002年) - 爆笑問題出演
-
アイス・エイジ2(2006年)-吹き替え版・シド役:太田光(声の出演)
CD
ビデオ・DVD
- 爆笑問題のハッピー・タイム歳時記(SPEビジュアルワークス)
- 大爆笑問題(ポリグラム)
- 爆笑問題のウマでもわかる競馬基礎講座(フジテレビ映像企画部/FCC・販売元:ポニーキャニオン)
- new treasureship(日本ビクター・販売元:ビクターエンタテインメント)
- 七福人(日本ビクター・販売元:ビクターエンタテインメント)
- 爆笑問題のススメ(バップ)
- 爆笑問題のツーショッ卜(販売元:ビクターエンタテインメント)
- 中学王(進研ゼミ受講者に付録として配布されたビデオ)
ゲーム
- TIZ TOKYO INSECT ZOO(1995年) - ザッカ役:太田光・カミキリ役:田中裕二(共に声の出演)
-
ワリオの森爆笑版(サテラビューで配信されたオリジナルゲーム)
関連項目
外部リンク