日本プロ野球選手会(にほんぷろやきゅうせんしゅかい、Japan Professional Baseball Players Association;略称
JPBPA)は、
日本の
プロ野球球団に所属する
プロ野球選手を会員とする日本の
団体である。団体の性格に合わせて
労働組合と
社団法人の2
法人が
登記されている。
-
労働組合日本プロ野球選手会 - 選手の待遇改善や地位向上など要求に基づいて団結し、団体交渉を行う。以下労働組合選手会と記す。
-
社団法人日本プロ野球選手会 - 野球全体の発展を目的とする社会活動を行う。以下社団法人選手会と記す。
実質的にはどちらも同一会員による同一組織で、同一団体が制度上2つの形態を有するものであり、本項目は両方を扱う。日本プロ野球選手の内、
日本国籍を有する選手は全員が会員となっている。中央2組織の他に日本プロ12球団に置かれる球団選手会がある。
組織概要
労働組合選手会は選手の待遇改善、地位向上を目指し、社団法人選手会は
野球全体の発展を目的として、野球教室や
チャリティ活動などを展開している。
球団オーナー側からは、選手個人は税法上
個人事業者と扱われるため、「正式な労働組合ではない」との声もあったが、1985年に東京都地方労働委員会(現・東京都
労働委員会)に労働組合として認定され、労働組合として法人登記されており、
プロ野球再編問題の際、
日本野球機構を相手取って合併を行わないよう求めた仮処分申請において、東京高裁は労働組合法上の
団体交渉権を有すると判断している(申請そのものは棄却)。
設立経緯
第1回の要求は「最低賃金の1500円への引き上げ」と「
東西対抗戦の収益から22万円を選手の厚生資金として分配すること」の2点。これらの要求は各球団代表者会議(現・オーナー会議)でほぼ100%受け入れられた。
選手会が設立された目下の理由は、
八百長・
賭博の排除であった。戦争が激化し始めた
1940年代より、将来の不安から賭博がらみの八百長プレーに走り、金を得ようとする選手が現れた。終戦後はこの傾向が顕著になり、裏で糸を引く
ヤクザが時には表に出、八百長に失敗した選手に対し皆の面前で制裁を加えるということまで起こった。
八百長に最も手を焼いたのが各球団の監督である。
南海の
鶴岡一人監督などは八百長をする選手を見極めるために動きの少ない一塁手として出場し、試合中に味方野手の動きを見張るなどかなりの苦心が見られた。選手会が連盟・各球団オーナーに
10年選手制度など賃金や身分の保証を求める一方で、現場の監督達も「八百長選手が出場するチームとは対戦しない」「八百長をした選手を除名する」などの申し合わせを行った。これらの取り組みにより八百長は撲滅された。
以後も新人選手の身分保障(複数年契約を義務付け)や、現場レベルでの選手の待遇改善を要求し、連盟側も表面上それらを受け入れていたが、罰則や裁定機関がなかったために反故にされることが少なくなかった。2リーグ分立後、日本野球機構の設立とコミッショナー職の設置により一定の改善を見ることになる。
歴代会長、理事長
労働組合日本プロ野球選手会会長(選手長)
社団法人日本プロ野球選手会理事長
- 初代理事長 安村和雄 昭和55年8月15日就任 (一般学識者)
- 2代目理事長 落合博満 昭和60年11月1日就任 (ロッテオリオンズ)
- 3代目理事長 石毛宏典 昭和62年12月3日就任 (西武ライオンズ)
- 4代目理事長 岡田彰布 平成元年12月4日就任 (阪神タイガース)
- 5代目理事長 岡崎郁 平成4年12月1日就任(読売ジャイアンツ)
- 6代目理事長 辻発彦 平成5年12月7日就任 (西武ライオンズ)
- 7代目理事長 伊東昭光 平成7年12月5日就任(ヤクルトスワローズ)
- 8代目理事長 川相昌弘 平成10年12月4日就任(読売ジャイアンツ)
- 9代目理事長 立浪和義 平成13年12月7日就任(中日ドラゴンズ)
- 10代目理事長 小久保裕紀 平成18年1月7日就任(読売ジャイアンツ→福岡ソフトバンクホークス)
沿革
現在の役員
プロ野球構造改革協議会
2004年、二回目のストライキを回避した時に、選手会と日本プロ野球組織(NPB)が結んだ合意事項に、この協議会を設置して、時間をかけて各課題を徹底的に話し合うことが盛り込まれた。
- おもな改革の状況、課題
- セ・パ両リーグの交流戦が実現。
- ドラフト改革は、高校生と大学・社会人の二回に分けて行う分離ドラフトを実施。
- 大学・社会人の自由獲得枠が2枠から1枠へ。
- 年俸一億円以上の選手の減俸制限が、30%から40%に緩和。
- プロをめざす選手の受け皿を拡大するための育成枠を新設。
-
フリーエージェント権(FA権)取得年数は、現行の9年のまま。
- フリーエージェント(FA)資格取得に必要な登録日数に算入できる上限を30日から60日に増やす譲歩案を日本プロ野球組織(NPB)が提示したが、選手会側は、投手については90日とすることなどを求め、合意に至らなかった。
- オリックスの中村紀洋の契約更新問題を受けて、戦力外となる選手の扱いなどに関するルールを明確化するように要求した。
批判
- 選手の権利を過剰なまでに主張する一方で、野球界の将来やビジョン、親会社の経営状態について眼中に無い傾向が見られることから、選手会の傲慢さに対する批判の声が少なからずある。また、多数を占めるいわゆる一軍半、あるいは二軍の選手への考慮がないという声もある。
- FA移籍に伴う旧球団への補償金の大幅な削減を要望し、一方で出場選手及び支配下選手登録枠を増やす案を拒否したことから金銭のある球団と無い所の格差が生じることを考えていないと言う批判もある。
関連項目
参考文献
|author=藤本定義
|year=1983
|title=覇者の謀略 実録プロ野球四十年史
|publisher=ベースボール・マガジン社
|id=ISBN 4583023499
}}
|author=山本茂
|year=1994
|title=七色の魔球 回想の若林忠志
|publisher=ベースボール・マガジン社
|id=ISBN 4583031475
}}
外部リンク
出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)