経歴・人物像
ロックフェラー・センタービルの売却では
ロックフェラー側の巨大代理人団の一員となった。この契約には巨大な
弁護士・会計士軍団が編成されており、契約がまとまったのは
1985年である。彼が
ニューヨークで弁護士登録をしたのは
1984年なので、長年の契約交渉がまとまる1年前であった。それ以降に参加したものと思われるが、こういった弁護団では、経験を積ませるという意味で新人を入れることはよくある。
よって、彼が近年関心を持っている
油田取得に際しては、供給量の固定化している
ドバイ原油市場や
北海ブレント市場との人脈が少ないため、難航している。
1990年代後半から、彼の存在意義を高めたのは石油市場に根差す
ヘッジファンドの興隆であった。石油市場との関連でも、大きな影響力を持つヘッジファンドとの交流は石油市場に携わる上で重要であるが、先述のことが障壁となっている。
また、
原油価格高騰の原因を
ヘッジファンドの先物取引手法に見る評論家などからは批判され、それに対する弁護が近年までの仕事であった。しかし、日本に最も影響のある
ドバイ原油市場も混乱し始めた事態を前にし、テキサス石油市場を本拠地とするヘッジファンドから、苦手分野でもあるアジア系、中東系の経済動向を注視し、更に諸々の金融商品、投資コンサルに着手するように要求を受けているとの情報もある。また、経済評論家で
明治大学教授の高木勝と私的な懇談会を開くなど、これらの分野に関する対策を模索中であり、時折、経済誌に独自の論評と展望を著している。
ライブドアの買収問題に関しての彼の立場は、先ず、アジア支社の香港移動と再びの東京回帰に端を発して彼と因縁のある
リーマン・ブラザーズの手法批判から始まり、ライブドアの
時間外取引の違法性を言及した。脱法的であるというアメリカ的な視点とは異なり、違法性を説いた。
また、
フジテレビと
ニッポン放送との間で交わされた
新株予約権に見られる
ポイズンピルについても徹底的に批判した。事態の終局については両者が獲得した結実の質と量のレベルが低いとの見解を示し、結局はアメリカ的マネーゲームの理想を表した。
また、時として両手親指を立てることがある。公式プロフィールの顔写真(本人曰く
1997年ごろのもの)と現在は、まったく違う風貌で、顔写真の方は短髪だった(出演する番組で何度もネタとなっている)。最近は髪を短髪にしている。
スーツは300着所有しており、5回着ると捨てると発言したことがある。しかしスーツが毛玉だらけだとテレビ番組出演中に指摘を受けたこともあった。
エピソード
- 「平成教育委員会」スペシャルにて、北野武との絡みが定番になっている(例→湯浅の意味不明な言動に対して、周りの人間と共にスリッパでひっぱたく など)。
- 「ネプリーグ」出演の時は、よく意味不明なパフォーマンスを披露するが、2006年12月25日SP放送のファイブツアーズでは史上3人目の一人でパーフェクトを達成。ちなみに最後(10問目)の漢字問題は『鯑』(かずのこ)。数秒間躊躇したが、一発で正解した。
-
雨上がり決死隊の蛍原は自前のおかっぱをいかした湯浅の顔真似を得意としている。また、おぎやはぎの矢作にも似ていると言われている。
- 2005年の「笑っていいとも! 年忘れ特大号」のものまね歌合戦でココリコの田中に真似された。
- 2007年1月25日放送の「VivaVivaV6」まで実に25年もの間ラーメンを食べたことがなかったらしい。
語録
- 「ハハハッ、湯浅です」
- 「それこそ私の得意中の得意分野です」
- 「この髪型は、人生の羅針盤です」
- 「相談料15分5000万円」
- 「ITのIは〈イケてる〉のI。ITのTは湯浅〈卓〉のT。つまり〈イケてる湯浅卓〉の略です」
- 「ニューヨークを安全にしたのは、この湯浅です」
- 「西海岸で一番モテたのは、この湯浅です」
- 「絶望の隣に希望がある。希望の隣に湯浅があります」
- 「六本木ヒルズは僕で もっている」
- 「西海岸の美女から追い掛け回されて大変だった」
- 「3分でいい。美女に追いかけられない時が欲しい」
- 「毎秒モテ男になれ」
- 「世界の秒速モテ男は、ブラッド・ピット、明石家さんまと、この湯浅卓」
- 「湯浅のアメリカンドリームは、一つ目はアメリカ大統領になること。二つ目はアメリカメガバンクのトップになること。三つ目は湯浅卓になること」
- 「700億円以下の仕事は請けたことが無い。しかしバラエティ番組ならどんな安いギャラでも出る」(これは、めちゃイケの「やべっち寿司」のコーナーでの発言)
- 「世界の修羅場をシュラシュシュシュ」
関連
- メディアに進出するようになった経緯はホリプロとの特別な関係に由来する。90年代からプロダクションと彼の間で経営コンサルタント契約が結ばれていることから、代表取締役会長(CEO)の小田信吾との関係は深い。また代表取締役副会長(CFO)堀一貴、代表取締役社長(COO)堀義貴とはアメリカ留学時代からの友好関係があった。そして彼のユーモラスな言動を生かして、テレビ進出を企画したことが発端となり、その後到来したいわゆる「ブーム」に乗っかる形で現在に至っている。
- 外国著名人に関して情報通である理由は、彼らが来日する際のコンサルタント業務を彼がかつて所属していた事務所が行っている点にある。現在、その事務所のPR業務を担当しているのはフローラン・ダバディーであり、その合名会社の外国人事務所に所属するユンソナとは師弟的な交流がある。
レギュラー出演番組
その他、特番・ゲスト出演番組
著書
- 『ウォール街版・世界と日本の読み方〜今後10年間に何が起きるか〜』 PHP研究所出版
- 『アメリカに明日はあるのか』 PHP研究所出版
- Computer Data Base Protection - The Impact of Japanese Legislative Developments on United States and Japanese Copyright Laws 1. 9 Fordham Int'l L. J. 191 (1985-1986)
関連項目
外部リンク
出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)