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wikipedia検索[東海発電所]

東海発電所

東海発電所(とうかいはつでんしょ、東海原発)は、日本原子力発電株式会社が運営していた、日本初の商業用原子力発電所。炉型は英国製の黒鉛減速炭酸ガス冷却型原子炉 (GCR) で、これに耐震強度の増強など、日本独自の改良を加えたものである。現在は運転を終了し、原子炉解体プロジェクトが進められている。国内では商業用原子炉解体の実績が無く、同プロジェクトは日本初の原子炉解体である。

歴史

1960年代、高度経済成長と共に日本の電力需要が高まり、エネルギーの活路を原子力発電に求めた。軽水炉の導入も検討されたが、当時まだ実績が十分では無かったため、世界初の商用発電炉である英国製の黒鉛減速ガス冷却炉(いわゆるコルダーホール型)を輸入することになった。しかし、英国設計の炉心では、日本の地震に対する十分な耐震強度が得られないため、設計に改良を加える必要があった。炉心を構成しているのは、およそ1,600トンにも及ぶ黒鉛ブロック(減速材)で、英国製の黒鉛ブロックの断面は正四角形だった。そこで、関東大震災の3倍の震度に耐えられるように、黒鉛ブロックの断面を正六角形に改め、さらに凹凸でかみ合わせることにより耐震強度を大幅に向上した。これには英国側の機密が多く、日本人の技術者らが東海発電所の原子炉理論を手に入れるまでには大変な苦労があった。その後、1960年1月に着工し、1965年5月4日、初臨界に到達。日本初の商業用原子炉となった。
その後27年間の営業運転を経て、1998年3月31日に営業運転を停止。設計寿命を残しての廃止措置は黒鉛炉特有の経済性の悪さが理由である(隣に建つ100万kW級発電炉である東海第二発電所とほぼ同大の敷地を使いながら出力は16万kWでしかない)。現在、日本初の原子炉解体に向けたプロジェクトが進行するなど、その計画から現在にわたって日本の原子力産業のさきがけとして、データを蓄積している。

東海発電所

設置までの歴史

  • 1957年12月5日 - 日本原子力発電株式会社が茨城県東海村を発電所敷地候補地に決定
  • 1959年3月16日 - 東海発電所原子炉設置許可申請
  • 1959年12月14日 - 東海発電所原子炉設置許可
  • 1959年12月22日 - 東海発電所の購入契約を日本原子力発電株式会社と英国GEC社で締結
  • 1960年1月16日 - 東海発電所建設工事着工
  • 1966年7月25日 - 東海発電所営業運転開始

現在までの廃止措置

  • 1998年3月31日 - 営業運転終了
  • 2001年3月 - 燃料搬出完了
  • 2001年10月4日 - 解体計画書提出
  • 2001年12月 - 解体作業開始、使用済み燃料冷却のプール洗浄
  • 2003年 - タービン建屋内の機器の撤去およびタービン発電機の解体
  • 2004年11月 - 燃料取換機および建屋の解体開始
  • 2006年8月 - 熱交換器撤去工事開始

今後の廃止措置計画

関連項目

外部リンク

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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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