プロフィール
人物
- 幼少から目立つことが好きで、幼稚園の学芸会で駄々をこねて主役を譲ってもらったり、中学校のバスケ大会で入場時のプラカード持ちをキャプテンから代わってもらったりしていた。
- 高校時代はクラスメイトと「馬関(うまのせき)ふぐの助・ふぐ太郎」と言う漫才コンビを組んでいた。また、並行してJUN SKY WALKER(S)のコピーバンドを結成したり、「ジャスティス」というバンドを組んで音楽活動もおこなっていた。
- 高校卒業後に就職する予定だった会社が倒産したため、お笑い芸人を目指し上京。しかし、ネタ合わせの途中で相方が突然失踪してしまう。仕事も無く、東京に頼る人もいない状況で、一人で家に引きこもる日々が長く続いた。
- 約1年後、10歳年上の男性とコンビを組むが、年齢差を理由に淳の方からコンビ解消を申し出る。その際に紹介されたのが、現在の相方・田村亮である。
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1998年頃に『暴ロンブー』の企画で霊能力者に「髪を赤くするべき」とのお告げを受け髪を赤く染めた。丁度ブレイク時期と重なったこともあり、コンビのイメージを考慮して2002年頃まで赤い頭髪だった。現在は茶髪である。
- レギュラー番組では、仕掛人として数々のタレントにドッキリや罠を仕掛けることが多い。しかし、逆に自身がドッキリを仕掛けられたり弄られたりすることは極度に苦手である。
- 本来はボケ担当だが、相方の亮が天然ボケであるため、ツッコミ・仕切り役に回ることが多い。近年ではボケのイメージはほとんどなくなっており、『史上空前!! 笑いの祭典 ザ・ドリームマッチ』では2007年度放送分から正式にツッコミ役に回されている。
- 自分以外の誰かに相方の亮がイジられていると面白くない、と発言している(自分のほうが面白くしてやれるから、らしい)。
- 熱心な城郭マニアで、写真を見ただけでどこの城か当てる事ができる。また、戦国マニアであり、好きな武将は伊達政宗、好きな戦国女性は濃姫である。日本刀の収集も趣味で、プライベートで一人の時は真剣の手入れをしながら真剣に精神集中をするという。2006年、かねてから念願だったNHK大河ドラマ『功名が辻』に中村一氏役で出演した。
- 『アイシールド21』の蛭魔妖一(ヒル魔)役で声優出演をしている。オファーのきっかけは芸人仲間からの「キャラクターと本人の性格や容姿が似ている」という推薦によるものであった。当初は演技の稚拙さを指摘する声も多く、評価は芳しくなかった。しかし現在は違和感が無い、上手くなった等の声もあり、声優としての技量はかなり上達してきている。声優デビューは『それいけ!アンパンマン』のもずくん役。
- プライベートで活動をしているヴィジュアル系ロックバンドjealkbのボーカル、作詞、(一部)作曲を担当。バンドでの名前はhaderu(歯が出てるから)。2006年5月31日に『metronome』でインディーズデビューを果たし、インディーズチャート1位を獲得。2007年4月には台湾ライブを行った。2007年10月31日に「誓い」でメジャーデビューを果たす。
- 小学校・中学校・高校時代はバスケット部に所属していたが、2006年7月4日放送のロンドンハーツにおいて、鈍足を披露してしまう。体力が無いため、スタミナが必要とされる筋肉系の仕事は亮に任せることが多い。
- 相方の亮の妻とプライベートで食事に行ったり、遊んだりしている。
- 芸人になりたての頃、原宿でパスタ屋のバイトをしていたこともありパスタを得意料理としている。また、淳自身もパスタ好きであるため、自分で新しいパスタやカルボナーラのメニューを考え出すこともあり、レギュラー番組嗚呼!花の料理人でその腕を披露している。
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ダウンタウン・浜田雅功の番組「オオカミ少年」で淳が母親と頻繁にメールしてることをばらされた。「台風大丈夫だった?寒くなったから風邪ひかないよう気をつけてね。親父にもよろしく言っといて」という文面のメール、しかも絵文字入り。勝手にケータイを見られあせりまくり、「どうやってダイアルロック解除した」と叫び、「俺そんなキャラじゃない」と恥ずかしがっていた。浜田には「お前いい奴やん、キャラ違うやん、ええ子やん」といじられていた。
- 実家が平屋。淳曰く「お父さんが一生懸命働いて建てた家」らしい。
- 極度の高所恐怖症である。1999年12月23日放送のロンブー龍SPの企画で、生放送中にスカイダイビングをさせられた際には、地上に到着する前から涙を流し、到着後は「やったよー」、「怖かったー」などと人目を憚らず大号泣した。またお化けや幽霊の類も大の苦手。2007年8月21日放送の『ロンドンハーツ』の「肝試し企画」では、最高心拍数166を記録した。ペアだった青木さやかの最高心拍数は132。
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うたばんに初出演した際、俺はとんねるずのようになりたかったと語り、オールナイトニッポンの最終回のテープを今でも車につんでいる等、とんねるずのファンだったエピソードを語った。
- 元不良であるが本人いわく「ヘタレであったため周りにヘタレである事をばれないようにしていた」そうである。
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島田紳助、浜田雅功、上地雄輔と並ぶほどのドSでありプライベートで後輩芸人に無茶な要求をしているとテレビで暴露された事がある。
- 出演番組が「子供に見せたくない番組」にことごとく選ばれたり、女性関係の派手さからあまりよいイメージをもたれていない面があるが、番組での司会や仕切りには定評がある。また自身の番組に同期や苦楽をともにした仲間を出演させるなど、面倒見がよい。
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ガレッジセールのゴリはロンブーが司会の『ロンブー荘』に本名「照屋年之」で出演していたが、番組内で淳にゴリと名付けられ、そのまま芸名にしたという経緯がある。そのため、淳は事実上の名付け親である。
単独での出演作品
テレビ
ラジオ
映画
CM
お笑い以外での主な活動
- 学生時代バンド活動の経験もある為、音楽活動が多い。
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2000年 - 日テレ系『新宿暴走救急隊』でドラマ初主演、同ドラマ主題歌『岬』でCDデビュー。
- 2000年 - 『ロンドンブーツ1号2号の論文』を相方の田村亮と出版。
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2001年 - 日本テレビ系ドラマ『明日があるさ』出演、Re:Japanの一員として主題歌『明日があるさ』を発売。
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2002年10月 - テレビ番組『ロンブー龍』から、ソロでCDマキシシングル『もずくん』(「たむらあつし」名義)を発売。JF沖縄漁連のキャンペーンソングに起用された。
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2005年4月 - テレビアニメ『アイシールド21』の蛭魔 妖一役で声優としてレギュラー出演。
- 2005年 - インディーズで後輩芸人らとヴィジュアル系ロックバンド・jealkbを結成。本人は「趣味の一つ」「みんなでやるコント」と称している。
- 2006年 - NHK大河ドラマ『功名が辻』に出演。大河ドラマ出演は子供時代からの念願であった。
- 2007年 - ヴィジュアル系ロックバンド・jealkbメジャーデビュー。
出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)