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鶴瓶の家族に乾杯

鶴瓶の家族に乾杯(つるべのかぞくにかんぱい)は、NHKで放送されているバラエティ番組。オープニングタイトルなどにおいて「ぶっつけ本番の旅番組」と紹介されており、笑福亭鶴瓶冠番組の1つでもある。通称及び略称は「家族に乾杯」。字幕放送ステレオ放送を実施している。
第25回「放送文化基金賞」を受賞した。

番組の歴史

さだまさしとの関係

もともとはシンガーソングライターさだまさしにNHK側から「さだと、さだがコンサートで行く地域の人たちとふれあう姿をテレビにしたら面白いのでは」という発想のもと番組化され、さだの友人である落語家タレント笑福亭鶴瓶との二人旅という形で始まった。これに先立ち朝日放送松本修プロデューサーが、さだを起用したまったく同じ企画を考えていたが、放送枠がなくて実現できなかったと著書で明かしている。
1995年 8月特番の「さだ&鶴瓶のぶっつけ本番ふたり旅」として、当初はさだがメイン、鶴瓶はさだの旅のパートナーとして番組にかかわっていた。第1回は、さだが村の歌を頼まれて作ったが村自体には行ったことがないという岐阜県谷汲村を訪ねるというものだった。その後、「さだ&鶴瓶」では3回(谷汲村、三重県美杉村熊本県湯前町)放送した。さだが作った谷汲村の歌『風の谷から』の歌詞が「終着駅を降りたら」で始まることからもわかるように、「さだ&鶴瓶」の行き先は、いずれも鉄道の終着駅があるという条件で選ばれていた(第1回の名鉄谷汲線は現在は廃止されている)。
さらに現在のタイトルになり、鶴瓶と他のタレントとで2回、特番での放送をした。現タイトルでの最初の放送は、鶴瓶と内海好江大島智子の3人旅であり、舞台は岡山県牛窓町だった(この回のみタイトルは「鶴瓶のにっぽん家族に乾杯」)。視聴者からの反応もよく、レギュラー化が検討された。さだがコンサート等でスケジュールの都合がつかず、鶴瓶も毎週放送の場合、ロケなどスケジュール上、過酷で難色を示したため、NHK側が妥協する形で、1997年4月に土曜特集枠で月1回のみの放送形態で始まった。
1997年11月の放送で出演者が「これが12回目」と言っている場面がある。また、2004年8月の再会スペシャルではこれまでに68回放送されたと言っていた。つまり、番組側は「さだ&鶴瓶」も「家族に乾杯」としてカウントしていることがわかる。
土曜特集での第1回は特番時代メインのさだと鶴瓶の二人旅だった(その後も土曜特集時代初年度は合計3回はさだと鶴瓶の二人旅)。しかし、さだのスケジュールの都合で出演自体が困難になったり、さらにはさだが出演を固辞したため、鶴瓶とゲストとの旅という今の形に落ち着くこととなる(2000年、2003年、2005年にさだがゲスト出演している)。さだが歌う番組の主題歌『Birthday』はその名残といえる(この曲は、鶴瓶の要請にもかかわらず、さだがなかなか完成させず、月1回化後数回たってから発表された)。
ちなみに、もう一つの名残として、さだは2006年の新春から不定期に深夜に放送している『さだまさし生放送シリーズ』(通称)という番組のメインパーソナリティーを務めている。構成作家兼アシスタントはこの番組と同じ井上知幸が担当し、2007年の正月に放送した番組では、番組内のコントのVTRで小野文恵アナウンサーが出演した。同年3月の放送では小野アナが何の意味もなく深夜の代々木公園から生中継し(周囲が真っ暗で何も見えない)、その後、「呼ばれなかったので来た」と、スタジオ見学に来た。同年4月の放送では、家族に乾杯に出演している鶴瓶を見てさだだと思っていたというハガキが紹介されていた。同年8月にはさだが「Birthday」を歌い、出演していない小野アナに言及した。同年10月には番組に電話をかけてきた鶴瓶がさだに「(家族に乾杯は)あんたの番組やないか」と言ったことから、現在でも家族に乾杯はさだが出演するのが本来の姿と考えられていることがわかる(このとき鶴瓶は、湯前町の回のビデオを久しぶりに見てめちゃめちゃおもしろかったと言っていた)。2008年元日の放送では、小野アナが再びコントのVTRに出演しただけでなく、オープニングで、『第58回NHK紅白歌合戦』の白組司会を終えた鶴瓶が出演した。鶴瓶は紅白の司会に決まると真っ先にさだに「Birthday」を歌うように頼んだという(この時点ではさだが出場するかどうか決まっていない)。紅白では「Birthday」に合わせて画面には「家族に乾杯」(「さだ&鶴瓶」時代と思われる)でのさだと鶴瓶の映像が放送された。
2005年 7月15日鹿児島県喜入町の回では、鶴瓶がさだそっくりな一般人を見つけて、以後の旅にずっと連れて歩いた。

時間拡大と毎週レギュラー化

当初は45分番組だったが(「家族に乾杯」のタイトルでの第1回は50分、第2回と1997年の年末スペシャルは60分)、1998年4月から75分番組になる。しかし1999年3月に45分番組に戻り、2000年4月からまた75分番組になるという変遷をたどる(この間は、土曜特集枠の前半30分が『頭のゲーム脳ビタくん』で後半45分が『家族に乾杯』だった)。スタジオ収録は、鶴瓶と相手のタレントだけで進行していたが、1998年4月に75分枠になったときに元フジテレビアナウンサーの酒井ゆきえがスタジオ司会となる。しかし酒井は1回のみで降板し、5月は伊東敏恵アナウンサーが担当した(当時、この回の舞台であった岡山放送局に所属していた)。
1998年6月20日放送分から小野文恵アナウンサーが起用されてからは現在に至るまでずっと固定されている(ただし、1998年12月12日放送分の一回だけは当時甲府放送局の2年目だった島津有理子アナウンサーが代役をした。この回に限って鶴瓶は「NHKの歴代の美人アナウンサーが司会をしております」と言った)。なお小野アナウンサーはそれ以前にもナレーターとして登場している(1997年前半まで山本志保アナウンサーと交互に担当)。小野アナウンサーの初登場での「アナウンス室の秘密兵器と呼ばれています。最後まで秘密のままで終わる」などといったやりとりは、週刊誌にも取り上げられた。
2005年 4月からは毎週金曜日20時にアナログ・デジタル総合で45分のレギュラー番組となり、2週間で1ゲスト(前編・後編)という形態で放送されたが、裏番組に『幸せって何だっけ 〜カズカズの宝話〜』『ミュージックステーション』があったため視聴率はよくなかった。もともと金曜日は地域番組の時間帯だったため、番組が返上されることもあった。特に北海道では、札幌放送局製作の地域番組を放送したりしているため、東京と同じ時間に放送された場合もあれば土曜朝の時間しか放送していない場合もあった。その他の一部地域も不定期番組枠となり別番組が放送される場合があるため、翌日土曜日10時台または翌日以降に時差放送枠が設定されていた。
2006年 4月3日放送分からはこれまで『生きもの地球紀行』や『地球・ふしぎ大自然』などのファミリー向け教養番組を放送していた枠の月曜日20時からの放送となった(北海道地方も後日放送ではなく当日放送になった)。
ここから視聴率も徐々に上がって15%前後を確保し、裏番組の『パナソニック ドラマシアター』、『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』、『クイズプレゼンバラエティー Qさま!!』、『世界まる見え!テレビ特捜部』と熾烈な視聴率争いをしており、『テレビ大阪制作月曜夜8時枠』の視聴率を低迷させていて、日によっては同時間帯1位を獲得することがある。NHKが2006年に公開した「ジャンル別番組制作費」によると、制作費は1本約1250万円かかるとのことである。
2007年 12月10日17日の旅の目的地が宮城県になったことにより、47都道府県すべてを回ったことになる。放送が十数年にわたるにもかかわらず栃木と宮城に行っていなかったことに気づき、2007年最後の2回の旅であわてて両県に行った。

放送時間

再放送

地上波での再放送は原則として行われない。1998年度には水曜日の17時台に過去の作品が再放送されていたが、首都圏はローカル情報番組のため、関西地区はローカル番組の再放送枠のため放送されなかった。
2006年度から番組表上はBS2で火曜日16:30-17:13に再放送されることになっているが、年度前半にはほとんど放送されない。2006年4月から11月までの8カ月間にはわずか3回しか放送されず、2008年4月から10月までにも3回しか放送されなかった。冬になると毎回に近いペースで放送される。国会中継大相撲中継将棋名人戦囲碁本因坊戦の日を除く。また地域番組を長時間放送するスペシャルのために放送がなかったこともある。放送予定になっていても当日に国会中継が入って中止になることもたびたびある。
BS2で放送される場合、地上波より1週遅れ。2007年2月22日の「スタジオパークからこんにちは」に生瀬勝久が出演したとき、生瀬が出演する「家族に乾杯」の放送日としてBS2も明記されていた(ただし1週遅れであることは一切示されておらず、実際はその回が休止になるということも確認していなかった)。BS2での放送の最後に、総合テレビでの次回予告が、すでに放送日を過ぎているのにそのまま放送される(2008年7月29日からようやく、おことわりのテロップが入るようになった)。番組ホームページにも2007年からBS2での放送日時が明記されるようになったが、放送休止があまりに多いため、「BS2で不定期に再放送」という表現に変わった。
海外でも、NHKワールド・プレミアム火曜日22:45-23:28(日本標準時)、テレビジャパンでは水曜日21:00-21:43(アメリカ東部時間)に放送されている。
2009年から、NHKオンデマンドでも放送後1週間配信され、インターネットで随時見られるようになる。

番組内容

「家族をテーマにして」鶴瓶がゲストと共にいずれかの地を旅人として訪れ、そこで撮影したビデオ映像を東京のスタジオに戻って放送するという構成である。スタジオの鶴瓶たちが画面だけでは伝えられなかった細かいエピソードを折り込む。司会小野文恵アナウンサーナレーション久米明
土曜特集の枠では毎月1回でゲストがやって来たが、2005年4月からの定時番組編成からは放送時間が短くなった分、1つの旅を2週間に分けたシリーズで(つまり2回に分けて)紹介している。
地元の人々と触れ合いながら旅していく番組で、初めに鶴瓶とゲストは一緒に行動を共にするのだが、後に2人(2組)はそれぞれ別々に行動する。制作側はどこの町に行くかだけを決め、現地では両人に自由に動いてもらう。このため収録チームも両人に一組ずつ付く。該当の自治体の役場にのみ事前に連絡してあるが、住民には一切漏らさないようにクギを刺している。スタッフは、情報が漏れないようにするために、局内の黒板にもどこに出張するか書かないようにしているという。
鶴瓶は「全部台本がある」とか「全部仕込みですからね」という冗談を言って、それが番組内でまったく訂正されなかったことがある。これは、ヤラセが一切ないという自信の表れであろう。しかし2006年11月6日13日に出演の鳥越俊太郎は同年11月1日の「スタジオパークからこんにちは」で、「NHKだからひょっとしたら全部仕込んでるんじゃないかと思って疑ってたんですよ」と言った。出演前にそう考えているゲストはよくいるが、普通は収録が終わるとそうではなかったと納得する。しかし鳥越は「でも、ちょっとまだ残ってる。ひょっとしたらあれは偶然じゃないんじゃないかとかね」と言い、否定する司会者に「有働さん、ウソついてない? 目、泳いでない?」と追及していた。
「さだ&鶴瓶」時代の1、2回目は、途中で出会った人を一堂に集めて最後にさだが歌を披露するというものだったが、3回目で都合により、現地でさだと鶴瓶が一度も出会えず、結果的にこれが現在のフォーマットにつながったと考えられる(なお、「家族に乾杯」時代も2003年5月3日のさだの出演回で、全員を集めてコンサートという企画が行われたことがあり、『関白宣言』を聞いた小野アナはスタジオで泣いた。また、1998年7月18日の放送では、竹富島中の人を集めて山本譲二がコンサートをするという企画があった)。
一方、NHKの番組ではあまり例のない、民放のバラエティ番組なみに過剰なテロップ演出を乱発しているのも事実である。
75分時代の前期には、メインのVTRの他に、現地の人にアンケートのように取材したVTRを流すコーナーがはさまれていた。またゲストが今回の旅と関係ない思い出を語ったり、視聴者からの手紙を紹介するコーナーもあった。視聴者からは川柳も募集しており、後述のように小野アナ自身が下ネタ系の川柳を毎回のように発表していた。

小野アナのコスプレ

この番組では訪ねる自治体を紹介するVTRを後日収録するが、土曜特集時代の後期から2006年前半あたりまで、小野アナ自身が収録に参加することが多かった。そのとき、NHKの女性アナウンサーとは思えないコスプレを見せる(2001年3月9日の「スタジオパークからこんにちは」の「アナウンサーにQ」では、小野アナを語るキーワードとして「コスプレ」と書かれていた。これは家族に乾杯だけでなく「ためしてガッテン」でも、カエル相撲コントで着る肉じゅばんなどさまざまなぬいぐるみを着せられて、体重により足にかかる負担の実験をするといったコスプレをしていたからである)。以下に例を示す。
特に注目されるのは、2000年11月25日京都府亀岡市の回である。同市の湯の花温泉を紹介するのに、湯船の横で浴衣を着た小野アナの後ろ姿が映り、それを脱ぐ(画面には、服を着ていない肩から上の小野アナが映っている)。次のカットでは、小野アナの足下が映り、そこに脱いだ浴衣が落ちる。そして湯船に入る足が映るというものである。このときバックには、この日のゲストである加藤茶が「ちょっとだけよ」というギャグをやるときにかかる曲『タブー』が流れる。つまり、NHK女性アナウンサーが裸になったということを視聴者に想像させているのである(VTRでは次のカットは温泉につかっているおじいさんになり、VTR後、小野アナは「期待しました?」と言った。これに対して鶴瓶は「あのおじいさんの方がよかったわ!」と返す)。ちなみに小野アナは「ためしてガッテン」でも、乳癌のマンモグラフィー検診を受けるために部屋に入るところで、「ここからは撮影禁止」というナレーションの後、扉を開けて顔を出して「だめですよー」と言い、わざわざ胸を出すことを想像させた。普通、NHK女性アナウンサーという立場でこのようなことをし続ければ視聴者からの抗議が殺到すると思われるが、これが許されてしまうというNHK史上、他にいないであろうキャラクターが小野アナの人気を支えている。
コスプレではないが、1999年2月20日山口県田万川町の回では、小野アナが山口放送局時代の失敗談を延々と話し(高校野球中継で「ピッチャー振りかぶって上手投げ」とか「打った! センターバック! キャッチャーフライです」と言うなど)、鶴瓶が「誰や! 小野文恵を東京に呼んだの」と言った。また、75分時代には小野アナが「温泉の あぶくじゃないよ おならだよ」といった下ネタ系の川柳を毎回発表していた。

出演ゲストと旅の目的地

  • 実際には話の流れ上、目的地の市町村の外に出ることもたびたびある。その場合、番組テーマとしては出ないがエンディングの「○○の皆さんありがとうございました」というテロップで、行った市町村がすべて表示される。
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スタッフ

類似番組・関連項目

外部リンク

番組の変遷


出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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