来歴・人物
- 芸能一家に生まれた日本を代表するベテラン俳優の一人で、数多くの映画、テレビに出演。16歳で映画『狂った果実』(1956年)でデビュー(それ以前に5歳の時に映画に出演した経験はある)、美少年俳優として人気を誇った。その後、伸び悩んだ時期もあったが、中年以降は映画『マノン』(1981年)などのニヒルな悪役として注目され、老年に入ると円熟味のある存在感で幅広い役柄をこなしている。演技派としての活躍には、叔母である沢村貞子から若い時に「雅彦、お前はね、顔がいいんだから芝居は4倍うまくならないと認めてもらえないよ」と、口酸っぱく忠告されたことが影響しているといわれる。
- 60歳を超えるにも関わらずファッションセンスはピカイチで、穴の開いたジーンズも颯爽と着こなす。そのため若い女性からも人気があり、自身も合コンが大好き。「合コンしないで何をやる!」が口癖。合コン仲間に奥田瑛二、明石家さんま、高橋克典がいる。趣味はメールで、絵文字が大好き。芸能界きっての食通でもある。
- 一人娘の真由子を溺愛している。そのため、もし彼女に彼氏が出来たとしても、「(娘の彼氏という立場の男を)好きになれるはずがない!」と、断固娘の恋人を拒否し続けている。溺愛の理由には、真由子が1974年に生後5か月で誘拐された津川雅彦長女誘拐事件が一因となっている。
- 政治に関して非常に保守的な見解を持ち、保守的な会合にも参加している。「みんなで靖国神社に参拝する国民の会」、「首相の靖国神社参拝を求める国民の会」の発起人もつとめる。映画『プライド・運命の瞬間』で東條英機役を演じる際、東條家を訪れて話を聞いた上で役作りに生かした。その演技ぶりは東條の遺族をして「まるで東條英機が生き返った様です」と絶賛された。また東條英機を演じる事を朝日新聞の記者から『A級戦犯を演じる事の是非』を問われた際、「じゃあ君(質問した記者に対して)は如何思うのかね!」と逆に聞き返したとされる(『キネマ旬報』の記事による)
- おもちゃ・絵本の全国チェーン・グランパパのオーナーでもある。しかし、フジテレビ「新報道プレミアA」で、グランパパが経営悪化し6億5千万円の債務を背負っていたことが明らかになった。一時、自己破産の危機に陥ったが、支援企業が共同経営者になる条件付きで債務を肩代わりしてもらい、津川は破産を免れた。
- 一方で1988年に、廃線となった北海道の旧国鉄広尾線を「幸福鉄道」としてよみがえらせ、北海道広尾町の町営牧場など約500ヘクタールの土地に100億円をかけ、「夢の王国サンタ愛ランド」を作ろうと計画。英国・スコットランドの古城「ロック・ハート城」を解体し、シベリア鉄道経由で運び込み注目された。だが、資金計画をめぐり町側と対立し、1991年に町から計画受け入れ拒否を通告され計画は頓挫。その後、群馬県沼田市の石材会社サンポウの社長が買収し、1993年に同県高山村で復元、「大理石村ロックハート城」として有料公開され、結婚式場などにも使われている。
- 実兄で演技派俳優の長門裕之とはデビュー以来何かと比較されライバル関係が続いていたが、『マノン』の演技で津川が1982年度のブルーリボン賞最優秀助演男優賞を受賞した際に、長門が津川の実力を認め和解して現在に至る。近年は共演が多く、『八代将軍吉宗』『サラリーマン金太郎』『刑事☆イチロー』『相棒』『戦国自衛隊 関ヶ原の戦い』などがある。また自身の監督作品『寝ずの番』にも長門が出演している。
- お笑いタレントの松村邦洋には、『サラリーマン金太郎』の大和会長役でモノマネされている。その際松村はよく首を振るのだが、津川本人は実際あまり首を振らないので、その旨を松村に言ったことがある。ところが、やがて津川本人は松村に「松ちゃんが首振るから僕も今度から首を振ることにしたよ」などと語っていて、本家がモノマネ芸人に合わせるという本末転倒なことになった(このエピソードは松村が雑誌のインタビューで答えていた)。『葵徳川三代』で演じた徳川家康の真似もされている。
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ジェームス三木の作品に多く出演している。
- 後述の出演作品一覧の通り、徳川家関係の人物を演じることが多い。
- 学校でも演劇論を講じることがあり、多摩大学講師や、東京フィルムセンタースクールオブアート専門学校で名誉学校長を務めた。
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福岡県
飯塚市の嘉穂劇場が水害に遭った際には、旅芸人座長団や俳優仲間らとともに、その再建運動に尽力した。
略歴
主な作品
映画
- 狐の呉れた赤ん坊(1945年、大映)/7歳の善太役 当時の芸名は澤村アキヒコ
- 素浪人罷通る(1947年、大映)
- 天狗飛脚(1949年、大映)
- 武蔵と小次郎(1952年、松竹)
- 獅子の座(1953年、大映)
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山椒大夫(1954年、大映)
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狂った果実(1956年、日活)
- 夏の嵐(1956年、日活)
- 人間魚雷出撃す(1956年、日活)
- お転婆三人姉妹 踊る太陽(1957年、日活)
- 孤独の人(1957年、日活)
- 青春の抗議(1957年、日活)
- 今日のいのち(1957年、日活)
- 危険な年齢(1957年、日活)
- 禁じられた唇(1958年、日活)
- 明日の太陽(1959年、松竹)
- 惜春鳥(1959年、松竹)
- どんと行こうぜ(1959年、松竹)
- 素晴らしき十九才(1959年、松竹)
- ここに男なり(1959年、松竹)
- 二度とこないぞ青春は(1960年、松竹)
- 朱の花粉(1960年、松竹)
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波の塔(1960年、松竹)
- バナナ(1960年、松竹)
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伊豆の踊子(1960年、松竹)
- しかも彼等は行く(1960年、松竹)
- 日本の夜と霧(1960年、松竹)
- 甘い夜の果て(1961年、松竹)
- 愛と悲しみと(1962年、松竹)
- 江戸無情(1963年、大映)
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次郎長三国志(1963年、東映)
- 日本侠客伝(1964年、東映)
- 昭和残侠伝 唐獅子牡丹(1966年、東映)
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氷点(1966年、大映)
- 昭和残侠伝 血染の唐獅子(1967年、東映)
- 尼寺(秘)物語(1968年、東映)
- 日本残侠伝(1969年、日活)
- 悪名一番勝負(1969年、大映)
- 玄海遊侠伝 破れかぶれ(1970年、大映)
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男一匹ガキ大将(1971年、ダイニチ映配)
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男はつらいよ 私の寅さん(1973年、松竹)
- 山口組外伝 九州進攻作戦(1974年、東映)
- 直撃! 地獄拳(1974年、東映)
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どてらい男(1975年、東宝)
- 春琴抄(1976年、東宝)
- 天使を誘惑(1979年、東宝)
- マノン(1981年、東宝)
- ザ・レイプ(1982年、東映)
- 時代屋の女房(1983年、松竹)
- 迷走地図(1983年、松竹)
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お葬式(1984年、ATG)
- 化身(1985年、東映)
- ひとひらの雪(1985年、東映)
- 別れぬ理由(1986年、東映)
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マルサの女(1987年、東宝)
- 郷愁(1988年、ATG)
- 善人の条件(1989年、松竹)
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あげまん(1990年、東宝)
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極道の妻たち 最後の戦い(1990年、東映)
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天と地と(1990年、東映) - 武田信玄役
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いつかどこかで(1991年、東宝) - 北沢役
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墨東綺譚(1992年、ATG) - 永井荷風役
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大病人(1993年、東宝)
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忠臣蔵外伝 四谷怪談(1994年、松竹) - 大石内蔵助役
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必殺! 主水死す(1996年、松竹) - 権の四郎役
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スーパーの女(1996年、東宝)
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マルタイの女(1997年、東宝)
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緑の街(1997年、ファー・イースト・クラブ) - 坂本役
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プライド・運命の瞬間(1998年、東映) - 東條英機役
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ガメラ3 邪神覚醒(1999年、大映)
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サラリーマン金太郎(1999年、東宝) - 大和龍之介
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ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃(2001年、東宝)
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ムルデカ17805(2001年、東宝)
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いつかA列車に乗って(2003年、シネマクロッキオ) - 梅田茂一郎 役
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ミラーを拭く男(2004年、パル企画)
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THE 有頂天ホテル(2006年、東宝)
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デスノート / デスノート the Last name(2006年) - 佐伯警察庁長官 役
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愛の流刑地(2007年1月13日、鶴橋康夫監督)
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蒼き狼 〜地果て海尽きるまで〜(2007年3月3日、澤井信一郎監督)
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怪談(2007年)
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相棒 -劇場版-(2008年) - 瀬戸内米蔵 役
- 落語娘(2008年) - 三々亭平左役
ドラマ
- 第308話「結婚サギ師・責任とってもらいます」(1971年)
- 第318話「夫を盗まれた妻の復讐」(1971年)
- 第320話「ボウリング場殺人事件」(1971年)
- 第324話「ズッコケ娘にホトホトまいった」(1971年)
- 第333話「フランスで死んだ女」(1971年)
- 第334話「荒野のカー・アクション殺人」(1971年)
- 第345話「まあ恥ずかしい! スターの告白」(1971年)
- 第347話「すごーい奥さんの飛行機爆破作戦」(1971年)
バラエティ番組
監督作品
映画監督
マキノ雅弘の甥である津川は、
マキノ雅彦名義で映画監督として活動している。
徳川氏役
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勝海舟(1974年、NHK大河ドラマ)
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勝海舟(1990年、日本テレビ)
必殺シリーズ
一時期、女性問題や所属事務所移籍問題の影響を受けて、仕事の入らない時期があった。そんな中、当時
朝日放送で
ディレクターとして活躍していた親友の
松本明からの熱心な誘いを受けて、『
必殺仕掛人』に悪役としてゲスト出演する。
それまでの正統派二枚目俳優津川雅彦のイメージからすれば、全く考えられない事であったが、結果、存在感の大きさとコミカルな雰囲気が見事に調和した演技が大きな反響を呼び、以降も度々
必殺シリーズ(第2作『
必殺仕置人』〜第7作『
必殺仕業人』)に悪役としてゲスト出演し、好評を博した。この必殺シリーズでの一連の津川の出演作品は、
津川シリーズと呼ばれ、一部のマニアからは非常に大きな人気を得ている。
また第24作『
必殺橋掛人』では遂に主人公へ昇格。初期作品に通ずる重厚なドラマ作りに大きく貢献した。
<ゲスト出演作品>
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必殺仕掛人 第15話「人殺し人助け」(1972年12月9日) - 鳥越の松十郎役
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必殺仕置人 第9話「利用する奴される奴」(1973年6月16日) - 清造役
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助け人走る 第5話「御生命大切」(1973年11月17日)
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暗闇仕留人 第8話「儲けて候」(1974年8月10日) - 境屋利兵衛役
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必殺必中仕事屋稼業 第20話「負けて勝負」(1975年5月16日) - 伊三郎役
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必殺仕置屋稼業 第2話「一筆啓上罠が見えた」(1975年7月11日) - 鳶辰役
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必殺仕業人 第2話「あんたこの仕業どう思う」(1976年1月23日) - 田島屋伝兵衛役
CM
司会
関連書籍
- 「人は大切なことも忘れてしまうから 松竹大船撮影所物語」(山田太一、斉藤正夫、田中康義、宮川昭司、吉田剛、渡辺浩 / 編著。マガジンハウス) - 津川を含む松竹ゆかりの人たちへのインタビュー集。
受賞
- 第24回(1982年)最優秀助演男優賞 『マノン』
- 第11回(1988年)最優秀助演男優賞 『マルサの女』『夜汽車』
- 第16回(1993年)優秀主演男優賞 『濹東綺譚』
- 第18回(1995年)助演男優賞 『集団左遷』
- 第22回(1999年)優秀主演男優賞 『プライド・運命の瞬間』
脚注
関連項目
外部リンク
出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)