経歴
岩手県
新里村(現在の
宮古市)出身。本名:
鳥取 貫一(とっとり かんいち)。
「籠の鳥」を作曲し、演歌師・作曲家として一世を風靡した。また、ヒコーキ印の帝国蓄音器商会で吹込んだ「
船頭小唄」は鳥取春陽の街頭演歌師としての声価を高めた。
1923年、
関東大震災後、活動拠点を
大阪に移し、
歌手兼
作曲家として活躍。大正後期、鳥取春陽は絶頂期を迎えた。「すたれもの」「赤いばら」などが街頭やカフェーで流れた。
1926年、日本蓄音器商会傘下のオリエントレコード専属となる。
昭和に入ると
ジャズのリズムを艶歌に取り入れ斬新な曲を創作した。オリエント、コロムビア、ニッポノホンをはじめ、
名古屋のツルレコード、大阪のニットーレコード、
東京のトンボレコードなどのレコード会社で多くの流行小唄を発表した。特に「浅草小唄」は全国区のヒット曲となり、春陽の内縁の妻山田貞子が歌った「思い直して頂戴な」も関西地方で流行した。
その頃、春陽とコンビを組んでいたのが、後のテイチクで活躍した楠木繁夫である。楠木は当時、黒田進の名前で歌っていた。
1932年、病をえて31歳の生涯を終えた。
作品
- 『復興節』 作詞 添田さつき/作曲 添田さつき
- 『籠の鳥』 作詞 千野かおる/作曲 鳥取春陽
- 『赤いバラ』 作詞 野口雨情/作曲 鳥取春陽
- 『舟出の唄』 作詞 北原白秋/作曲 鳥取春陽
- 『馬賊の唄』 作詞 宮島郁芳/作曲 鳥取春陽
- 『みどり節』 作詞 添田唖蝉坊/作曲 鳥取春陽
- 『浮草の旅』 作詞 鳥取春陽/作曲 鳥取春陽
- 『さすらいの唄』 作詞 鳥取春陽/作曲 鳥取春陽
- 『浅草小唄』 作詞 徳永天露/作曲 鳥取春陽
- 『恋慕小唄』 作詞 松崎ただし/作曲 鳥取春陽
- 『望郷の唄』 作詞 鳥取春陽/作曲 鳥取春陽
- 『君を慕いて』 作詞 鳥取春陽/作曲 鳥取春陽
関連人物
外部リンク
とつとり しゆんよう
とつとり しゆんよう
とつとり しゆんよう
とつとり しゆんよう
とつとり しゆんよう
出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)