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鳥越俊太郎

鳥越 俊太郎(とりごえ しゅんたろう、1940年3月13日 - )は、日本ジャーナリスト福岡県浮羽郡吉井町(現・うきは市)出身。鳥越さやかは実娘。京都大学文学部卒。

来歴

久留米大学附設高等学校、京都大学文学部史学科国史学専攻卒業。
1965年毎日新聞社入社。新潟支局が初任地。
1968年 6月2日、博子夫人と見合いで知り合う。同年10月に結婚
その後、異動したサンデー毎日編集部在籍時にイエスの方舟事件が発生。編集長であった鳥井守幸の方針で主宰の千石イエスを匿ったため逮捕されそうになるが、この一件で警察から危険人物視され、後に担当するザ・スクープでの警察不祥事責任追及報道が妨害されるようになる。
外信部テヘラン特派員の時にイラン・イラク戦争の戦場報道を行うが、掲載された記事の小ささに落胆。
1988年、サンデー毎日編集長となる。1989年同社を退職。
1989年10月、ザ・スクープ(テレビ朝日)で司会を務める(2002年9月まで)。尚、同番組終了後も1年に5回の単発番組ザ・スクープSPECIALの司会を務めている。
2003年関西大学社会学部客員教授に就任。
2005年 10月3日、レギュラーアンカー(月〜水)として務めるスーパーモーニングに本人が電話出演し、直腸がんであることを告白した。3日後に手術を受け、その後職場復帰を果たす。
2006年5月、日本版オーマイニュースの初代編集長に就任。年俸は3千万円。市民記者の原稿料の300円に比較して高額に過ぎるとの批判があった。(下記のオーマイニュースの項も参照されたい。
2007年2月、民主党都知事候補としての擁立を打診するも、自身が依然として癌療養中であるため「(任期の)4年間に責任を持てない」として打診を断る。
2007年9月17日、レギュラー出演する「スーパーモーニング」(テレビ朝日)で、癌がに転移していたことを明かす。2007年1月に左肺を一部切除、同年8月には右肺も手術していた。

人物

  • 実家は鳥越製粉の創業者鳥越彦三郎の親族一族にあたる。
  • 赤本を1ヶ月間繰り返し解くことだけで京都大学に合格している。
  • 2000年春に発生した桶川ストーカー殺人事件の一連の報道で高い評価を得、日本記者クラブ賞などを受賞する。
  • 森進一とはサンデー毎日時代の密着取材以来の付き合い。二度の結婚式の両方に呼ばれたが、二度目にしか出席していない。

発言・主張

  • 2005年9月18日、元衆議院議員小林憲司覚せい剤取締法違反の疑いで逮捕された際に、「国会議員が覚せい剤で捕まるなんて庶民的じゃない(か)」と発言した。
  • 2005年11月6日、スーパーモーニング内で自身が受けた直腸がんの手術費用について「3500円だった」と発言した。しかしながらこの異常とも思える安い費用について視聴者から番組へ問い合わせが相次ぎ、翌日の放送で「私のミスでした」と訂正、謝罪した。3500円については保険外診療の費用を勘違いしたと話している。尚、この闘病生活についてのドラマを制作予定であったが、この発言がきっかけによりドラマの制作は中止となった。
  • 2008年7月、スーパーモーニング内で頻発する無差別殺傷事件についてコメントした際に、「日本の社会格差が広がり、ワーキングプアが増えている。小泉構造改革の名の下に進められた変化が、こういう犯罪を産み出していると思えてならない」と発言した。
  • 2008年10月1日、同日午前3時に大阪市浪速区で発生した個室ビデオ放火事件がスーパーモーニングで取り上げられた際に、「平日の午前3時に誰が泊まってるんだろう?」と発言した。
  • 2008年11月5日、スーパーモーニング内での大阪・梅田で発生したひき逃げ事件の報道で、無免許・飲酒運転が発覚するのを恐れて被害者を車に引っ掛けたまま現場から走り去り、3キロ引きずって死亡させた容疑者に対し、「根っからの悪人ではないと思う」と発言した。これは「飲酒や無免許運転で警察に捕まると大変なことになると思い、逃げる心理に人間がなることはあるかもしれない」いう趣旨の発言であったが、番組内で出演者多数より「無免許・飲酒運転をしている時点で人間として間違っている」と批判を浴びた。
  • 2008年11月20日、元厚生次官殺傷事件に関連して一部スポーツ紙が「麻生首相は事件後もホテルのバーに行こうとし、周囲に止められたとされる」と報道したことについて、「バーが好きなんだよねぇ。ホテルのバーが好きなんだよね。バーか」と発言した。「ホテルの『バーか』」と「バカ」を掛け、麻生首相を批判したものと思われる。
  • 2008年12月24日放送のTBS特番『日米開戦と東条英機』で司会を務めた際、「9.11が起きた時アメリカは愛国心一色になってイラク戦争をやって、反対する者は非国民というようなことになった」と発言したが、9.11の後にアメリカがおこなった戦争はイラク戦争ではなく対テロ・アフガン戦争であり、誤りである。また、対テロ・アフガン戦争とイラク戦争の米国民からの評価は全く異なるもので、「テロとの戦い」自体はイラク戦争のように間違った戦争とみなされて強い批判をされてはいない。

オーマイニュース編集長

  • 2ちゃんねるをはじめとするネット上の匿名投稿による批判を恐れていた鳥越は、オーマイニュースの実名投稿主義に共感し編集長を引き受けるも、2ちゃんねらーをはじめとするBBS利用者や個人ブロガー達のみならず、オーマイニュースの非常勤編集委員からまでも立ち位置の偏りや、インターネット新聞サイトJANJANブログに対する無知などのネットリテラシーの低さを巡って激しい批判を浴びる事となった<ref>「期待裏切った2年・オーマイニュースはなぜ失敗したか(下)」(2008年9月5日、IT PLUS)</ref>。また、2ちゃんねるを「ゴミため」呼ばわりした自身の発言が大きな批判を招いた事に関して、「彼らが反発してくるのは想定内で、僕の挑発に乗ったな、という感じだ」と公言している<ref>2006年12月17日、朝日新聞朝刊37面</ref>。
  • 2007年1月、インターネット新聞サイトJANJANにおいて鳥越のオーマイニュース編集長辞任が報じられた際に、鳥越とオーマイニュースの側は公式に当該報道を事実無根と完全否定し、記事の削除と謝罪文の掲載を要求した。その後、鳥越に対する電話取材及び鳥越がJANJANの記者を恫喝した際のものと称する音声が公開された。一方、鳥越は本件について「上の空で『ハイハイ』と言っていただけ」、「あなたの誘導尋問にうまく騙されたのだ」などと弁明したと写真週刊誌「フラッシュ」(2007年2月27日号;首都圏では2月13日発売)が報じた。だが、オーマイニュースは翌月の2月20日には鳥越の体調不良を理由に編集長代理を新設し、JANJANの鳥越辞任報道の中で、次期編集長候補として名前が挙がっていた元週刊現代編集長の元木昌彦が就任することとなった。鳥越は2007年6月1日付で正式に編集長を退任し、元木昌彦が編集長に就任した。

放送出演

テレビ

ラジオ

CM

著書

  • 『僕らの音楽 対談集1〜4』 ソニー・マガジンズ
  • 『桶川女子大生ストーカー事件』鳥越俊太郎&取材班 メディアファクトリー 2000年10月 ISBN 4840101590
  • 『ニュースの職人』PHP新書 2001年10月 ISBN 9784569618470
  • 『報道は欠陥商品と疑え (That's Japan)』 2002年10月 ISBN 4901391224
  • 『歳には、勝てる』 マガジンハウス 2005年12月 ISBN 4838716397
  • 人間力の磨き方』 講談社新書 2006年6月 ISBN 4062723840

脚注

外部リンク


出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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