経歴・人物
デビューから国民的俳優となるまで
- 父の佐田啓二と姉の中井貴惠も揃って俳優という芸能一家に生を受けた中井は、3歳の誕生日を目前にして交通事故で亡くなった父の17回忌の法要の際にメントレG(2007年11月4日放送、フジテレビ)スカウトされる。本格的に俳優としての活動を開始したのは成蹊大学在学中で、映画『連合艦隊』への出演でデビュー。同作品で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。
- 後に出演したラジオ番組で中井は、「映画デビューに際して松竹の幹部に呼び出された事がある」と語っている。それは、佐田啓二という同社史に残る看板スターの息子であるにも関わらず、中井を松竹からデビューさせることができなかった(『連合艦隊』の配給は東宝)ことに対する謝罪であった。俳優として駆け出しの中井に対し正式に謝罪をしたことは、永年に亘り松竹の銀幕を支えてきた佐田とその息子である中井に対する義理堅さを思わせる希有なエピソードである。
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1983年にTBS系列で放送された『ふぞろいの林檎たち』で主役を演じた中井の知名度は作品の大ヒットと相俟って急上昇。同作品は約15年に亘って現在までに4シリーズが製作される人気作品となった。1988年に放送されたNHK大河ドラマ『武田信玄』では主役の武田信玄を演じた。40%に迫る平均視聴率と歴代2位である49.2%の瞬間最高視聴率を記録した。これらの活躍で若くして俳優として国民的人気を獲得した。
地位確立そしてプロデューサー挑戦へ
- 『忠臣蔵・四十七人の刺客』『壬生義士伝』といった時代劇演じるシリアスなものから『寝ずの番』やDCカードのテレビコマーシャルで見せるコミカルな役柄まで演じこなす幅の広さが観衆・批評家双方の支持を得、活動の場を問わず着実にキャリアを重ねる。先述の『武田信玄』出演後には『激動の1750日』『極道戦争 武闘派』などの仁侠映画にも臆することなく出演した。
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2004年には中国映画『天地英雄 ヘブン・アンド・アース』に出演。全編に亘り中国語での会話を要求されたが、特訓の末に無事撮影を成功させ海外進出を飾った。この映画の出演をきっかけに「ナショナリズム」や「愛国心」について深く考えるようになったと言い、2005年公開の『亡国のイージス』のような政治色の濃い映画に出演。「日本を敵視する某国のスパイ」の演技も各方面から賞賛された。また、2004年公開の映画『壬生義士伝』では吉村貫一郎役で主演。日本アカデミー賞と日刊スポーツ映画大賞で主演男優賞を獲得した。(松竹により配給された『壬生義士伝』は興業面でもヒット。デビューに際して謝罪までされた同社に対して20年越しの恩返しを果たした。)さらにテレビドラマにおいても『義経』 (2005年・NHK大河ドラマ)で演じた中井の源頼朝の容貌が肖像画として伝えられているそれと酷似していたことが、その演技とともに大きな話題を呼んだ。
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2007年公開の日本・中国合作映画『鳳凰』では、主演とともにプロデューサーを務めることが決定。その手腕に業界関係者も大きな注目を寄せている。
その他
- 若くして亡くなった父の年齢を自らが越えたことで、それまで満喫してきた独身生活との決別を決め2000年の誕生日に結婚した。
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2006年に出版されたエッセイ『ふぞろいの秘密』によると、テレビドラマ『ふぞろいの林檎たち』で共演した時任三郎と、著者である石原真理子とは所謂三角関係に陥った事があると記されているが真意の程は定かでない。
- 同年代であり、いずれも日本を代表する俳優である真田広之や佐藤浩市、『ふぞろいの林檎たち』で競演した柳沢慎吾、さらには同じ世田谷区出身の脚本家・三谷幸喜、お笑いコンビ・とんねるずの木梨憲武らと親交が深い。(木梨は「中井は有馬記念に出るサラブレッド、オレは最終レースの500万下に出るアラブだ。」と語っていた。)
- コマーシャルの出演要請があった際には実際に宣伝する商品を使用し、自分が納得したら正式に出演するというこだわりの持ち主である。
- 人間観察が趣味で、妻と外食している最中でも気になり出すとやめられず、「あの人と食べれば!」と妻に怒られることが多々あるメントレG(2007年11月4日放送、フジテレビ)。
- 中国映画『ヘブン・アンド・アース』への出演を迷った時、俳優の高倉健に相談したところ、『外国の映画に1本出ることは、日本の映画に10本出ることと同価値だ』と諭され、出演を決意、単身中国へ向かったメントレG(2007年11月4日放送、フジテレビ)。
主な出演作品
映画
テレビドラマ
その他のテレビ番組
舞台
CM
以下の2曲を歌っている。
シングル
- 青春の誓い(1984年)- この曲で「ザ・ベストテン」「夜のヒットスタジオ」に歌手として初出演。
- 噂のルーズ・ガール(1984年)
- 二人だけのラブコール(1985年)
- 俺だけのマドンナ(1985年)
- 愛しのサブリナ(1987年)
- 黒の似合うひと(1987年)
アルバム
- 「F2グランプリ」オリジナルサウンドトラック(1984年)
- 蒼い素描(1984年)
- プライベートシアター(1985年)
- KIICHI NAKAI SPECIAL EDITION〜中井貴一ベストアルバム(1987年)
- BLUE SHADE(1988年)
- オフ・オフ・マザーグーズ(1990年)-「かごのばあさん」「コマドリの死」に参加
- 日本の詩歌 高村光太郎(2005年)-朗読集
- 「コンフィダント・絆」ミュージックファイル(2007年) -「大丈夫ソング〜ルイーズ・B編(ライブ収録)」に参加
受賞歴
- 第5回 (1982年)・新人俳優賞(連合艦隊)
- 第18回 (1995年)・最優秀助演男優賞 (四十七人の刺客)
- 第19回 (1996年)・優秀主演男優賞 (マークスの山)
- 第23回 (2000年)・優秀主演男優賞 (梟の城)
- 第27回 (2004年)・最優秀主演男優賞 (壬生義士伝)
- 第29回 (2006年)・優秀助演男優賞 (亡国のイージス)
脚注
外部リンク
出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)