来歴・人物
プロ入り後は打者としては大成しなかったものの、その守備の技術は球界随一とまで言われていた。深い守備位置から強肩を生かして軽々と
走者を
アウトにする美技は、
メジャーリーグの名遊撃手
オジー・スミスになぞらえて賞賛され、守備に関して非常に厳しい批評を浴びせることで知られる
広岡達朗も手放しで絶賛するなど、守備だけでも金が稼げる名手と謳われた。
背番号
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3 (1969年〜1971年)
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6 (1972年〜1982年)
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66 (1983年〜1990年)
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79 (1991年〜2003年)
年度別打撃成績
- 出典 オフィシャルベースボールガイド・日本プロ野球記録大百科
タイトル・表彰
エピソード
- 阪急ブレーブスと読売ジャイアンツとの対戦となった1971年の日本シリーズ第3戦。この試合は、9回裏に王貞治が山田久志から劇的な逆転サヨナラスリーランを放った試合として有名だが、そのホームランの直前に長嶋茂雄が、ショート阪本敏三の脇を抜けるセンター前ヒットを放っていた。西本監督はこのプレーを「あれは大橋なら取れていた」と悔やみ、これが翌年の大橋獲得へと繋がっていった。
- セカンドがゴロを逆シングルで捕りそのままショートにグラブトス、ショートが一塁に送球し打者走者をアウトにするスイッチトスと呼ばれるプレーを日本で初めて見せたのは、大下剛史と東映時代の大橋だったと言われている。これは2007年9月16日放送の「サンデーモーニング」(TBSテレビ)にて、東映の同僚であった張本勲が語っていた。
関連項目
出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)