来歴・人物
芸名の由来は友人である女優・
大空真弓が自分の好きな
作家・
石坂洋次郎と
俳優・
鶴田浩二からそれぞれ拝借して名づけたことによる。石坂本人によるとまだ本名で芝居をやっているとき
TBSのテレビ
プロデューサー石井ふく子に見いだされ、改名を勧められ“石”のつく芸名(石井ふく子の“石”を採ったともいわれている)を大空の父親が
姓名判断をしていたこともあり「
石坂浩二」に決まったという。
大橋巨泉などから「
へーちゃん」(本名の兵吉から)と呼ばれている。
端整な容姿でテレビドラマ・映画界(
松竹)から声がかかり、舞台を離れてからは、映画『日も月も』『風の慕情』、
NHK大河ドラマ『
天と地と』『
元禄太平記』『
草燃える』などに出演し、俳優としての貫禄を見せた。大河ドラマで主演3回は最多であり、他に多数の助演でも出演がある。
1976年には、
横溝正史原作、
市川崑監督による映画『
犬神家の一族』に
金田一耕助役で主演し、本作は空前の大ヒットを記録。以降、石坂主演で横溝作品がシリーズ化され、石坂版金田一ファンはいまだに多数存在する。
以後は市川作品の常連となり、『
ビルマの竪琴』『おはん』の準主演、『
細雪』(3度目の映画化)の助演などが特に評価が高い。また、テレビドラマ『Yの悲劇』でドルリー・レーン、映画『危険な女たち』でポワロに相当する役を演じ、舞台『
十二人の怒れる男』の8号陪審員などとあわせ、さながら世界の名探偵一手専売の感もある。近作のリメイク版『
日本沈没』では大学同期の
小泉純一郎の向こうを張って首相役に挑んだ。
1988年に「
劇団急旋回」を結成。自らの脚本・演出によるオリジナル・ミュージカルを数多く上演したが、
1996年に解散。後進の指導に熱心で、伊藤京子などを育成した。
俳優業のみならず、作家、
司会者やクイズ番組の解答者など多方面で活躍。芸能界屈指の
薀蓄を誇り、
1980年代後半からの「クイズ王ブーム」の際には、毎回のようにゲスト出演していた。共演者には撮影直前まで薀蓄を語り続けることで知られる。『白い巨塔』の撮影時には薀蓄を語りすぎて、共演の
唐沢寿明を閉口させた。絵を描くことでも知られ、おもに裸婦を描いている。これはアマチュア画家で裸婦を描く者が少ないからである。『
開運!なんでも鑑定団』の「ご当地出張なんでも鑑定」に出ると
石坂浩二カレンダーがもらえる。音楽は
クラシックを好み、特に
ベルリオーズが好きで、日本ベルリオーズ協会の会長を務めたことがある。
毒舌である。
島田紳助司会の『
行列の出来る法律相談所』にゲスト出演の際、「石坂さんってテレビではとても紳士的なんですけど、こう見えて結構毒吐くんですよ。それでスタッフが上手に消すんですよ。」と紳助に暴露されたほど。また「とんねるずのみなさんのおかげでした」の「食わず嫌い王決定戦」でもとんねるずの二人に毒舌であると指摘されたが「いま
憎まれ役を演じているから、役に入っているんです」と嘯いた。
2006年12月公開の映画『
犬神家の一族』リメイク版では、約27年ぶりに金田一耕助を演じ、役作りのために髪を長髪に伸した(現在は髪を切っている)。
2007年7月公開の映画『劇場版ポケットモンスター ディアルガVSパルキアVSダークライ』では初の声優としての出演となる。
アフレコでは、彼の演じる
ダークライと同じように激しく動き、次の日からしばらく筋肉痛になった。
逸話
- 石坂と共演の多かった女優・山岡久乃が亡くなった際に、山岡が入居するはずだった老人ホームに、山岡の肖像画を石坂自身が描き贈ったという逸話がある。
- かつて自宅があったところで小澤マリアのデビュー作が収録されたという。
- ある時市川崑が油分が多い牛丼を食べていた。これを見た石坂が「体に悪いですよ」と注意したところ「この歳になってそう食生活なんて変えられないよ」言われ思わず笑ってしまったという。このことは、2008年5月30日にスタジオパークからこんにちはに出演したときに明かしていた。
- 1983〜1988年にかけて出演していた「ヴィックスドロップ」(日本ヴィックス)のCMでは、もたいまさこと共演しており、彼が演じていたのはもたいの相手をする腕のいい医者役だった。
出演作品
映画
テレビドラマ
テレビアニメ
その他テレビ番組
ラジオ番組
CM
主な作詞作品
ドラマCD
関連人物
関連項目
外部リンク