地理
海岸は遠浅の
海岸になっているが、伊勢湾北部に沿って
コンビナートが建設された
名古屋港口埋立地は常滑市の北の知多市が南限で、中部国際空港及び
中部臨空都市空港対岸部(通称「前島」)のある
常滑駅沖を除いて埋め立ては進んでいない。このため環境省とは別に愛知県が絶滅危惧種に指定している海浜植物が残存している。
丘陵の連なった知多半島特有の地形のため、平地は海沿いの比較的狭い部分に限られ、市域の大部分は丘陵地である。丘陵は低くなだらかで、市内最高所は100mに満たない。海側に面する市北部の丘陵地はほとんどすべて
農地と宅地用に造成された。
この点、海側の丘が一部そのまま残されている東海市(聚楽園付近)、知多市(日長-古見付近)と異なる。
気候は一年を通じて比較的温暖であるが、冬には
三重県の
四日市方面から「鈴鹿おろし」と呼ばれる風が伊勢湾を越えて吹き寄せ、稀に降雪もある。
名鉄常滑駅以南(「前島」を除く)には鉄道の駅がなく、公共交通機関はバスに限られる。その為、空港島建設に伴う再開発も当該南部地域には及ぶことなく、古くからの町並みがそのまま残っている。
歴史
常滑市域を含む知多半島中部では
粘土を豊富に産出するため古くから
陶器が生産された。
平安時代後期頃から
中世にかけて常滑市とその周辺で生産され始めた「古常滑」と呼ばれる焼き物は
太平洋に沿って日本全国に広まり、北は
青森から南は
鹿児島まで、全国の中世遺跡において出土する。
室町時代には
三河の
守護である
一色氏が
尾張の知多半島に支配を広げ、市域北部の港町である大野に
大野城(宮山城)を築いた。のちに一色氏の
被官である
佐治氏が主家にかわって大野城主となり、佐治氏のもとで大野は伊勢湾西岸の港湾として繁栄した。
江戸時代には、現市域の村々は
尾張藩領に入った。常滑の諸村は平地が少なく開墾の余地に乏しいことから
廻船、
酒造、
木綿生産などの工業、商業が行われる町場的な性格が強く、常滑焼も江戸時代後期になって復興した。この時代にはかつて広く分散していた焼き物の生産地が現市域中心部にあたる常滑村に集中するようになり、焼き物の煙突が立ち並ぶ現在の常滑市街地の原型が形作られた。
明治時代になると
土管、
タイルなども生産されるようになり、近代的な窯業の町に発展した。中でも
1924年創立の地元製陶会社「伊奈製陶」(現
INAX)は
便器など衛生陶器の分野において全国第2位のシェアを占め、タイルにおいては国内はもとより世界的にもトップとなる大企業に成長する。
戦後には、「昭和の大合併」により、
1954年に常滑町、鬼崎町(おにざきちょう)、西浦町(にしうらちょう)、大野町(おおのまち)と三和村(みわむら)の4町1村が合併して常滑市が成立した。
1957年に南の小鈴谷村(こすがやむら)の一部を編入し現在の市域に拡大した。
展望
近年はINAXの常滑本社工場をはじめとして
工場の閉鎖、中小工場の廃業が相次ぎ、経済の停滞傾向が著しい。合併時に約5万人であった人口は漸次増加して
1975年には5万5000人を突破したが、その後は頭打ちから減少に転じ、
1990年代後半から
2000年代前半にかけて5万1000人を割った。これに対して窯業家や市民によって焼き物の町としての観光化と窯業の再活性化が努力されており、中部国際空港の開港にともない労働人口は少しずつ流入している。しかし、教育施設が周辺市町村より(面積に対して)不足しており、家族を連れての転居の場合は通勤時間が掛かっても周辺市町村に定住する形態が多いようである。近年の総合病院運営難から市民病院の産科休止も発表され、そういった悪循環をいかに解決するかが、常滑市が直面している大きな課題である事は間違いない。
行政
市財政は窯業などの事業者からの税収のほか、常滑駅の近くに設置された
常滑競艇場で開催される市の
競艇事業に支えられてきた。しかし近年は競艇の売上が落ち込み、進む高齢化に対して市の財政は悪化している。
中部国際空港の開港によって税収が増加し、平成18年度は
地方交付税の不交付団体となったが、こうした税収の増も、地方交付税交付金の減少分の補填に留まると試算されている。
平成の
市町村合併では当初知多半島5市5町の合併研究会が設置されたが廃止され、ついで知多南部2市4町による研究会が近い将来の合併を見送ったため、当面は現在の規模が維持されることになった。
経済
概要
江戸時代後期に復興した常滑焼は、
幕末に中国から導入された技術で斜面に
連房式登り窯が作られ、大量生産が開始された。
明治時代以降、陶管(陶製土管)や
タイルの生産が開始され、常滑の陶管は全国の上下
水道管のシェアの大部分を占めるなど、産業資材や衛生陶器の分野において全国屈指の生産地に成長する。また、
茶器、花器、
鉢、置物などの
民具の生産も盛んであり、江戸時代に生産が開始された朱泥の
急須、
湯飲みなどの茶道具は常滑を代表する焼き物である。
窯業の工場は伝統的な中心地である常滑地区を中心に市域の各地に点在しており、南部の小鈴谷地区では清酒「ねのひ」の
盛田による醸造業も行われている。
- 鬼崎漁業協同組合
- 常滑漁業協同組合
- 小鈴谷漁業協同組合
地元の要望により愛知県によって造成された中部臨空都市は、空港島内で物流事業者及び
ホテルの進出が進んでいる。一方の空港対岸部(通称「前島」)への企業誘致はほとんど進んでいなかったが、2006年6月に
イオンの進出が発表されて以降、紳士服や結婚式場、
ガソリンスタンドなどの出店が決まり、変化を見せつつある。
常滑市に本社を置く企業
地域
南北に細長い常滑市では、中学校の校区や
公民館、市の出張所などの公共施設において常滑市に合併する以前の5町1村の枠組みが原則的に踏襲されており、北から青海(旧大野町と三和村)、鬼崎(旧鬼崎町)、常滑(旧常滑町)、南陵(旧西浦町と小鈴谷村)に分かれる。
人口
公共施設
教育
高等学校
中学校
小学校
交通
空港
中部国際空港を発着する高速バス、船舶については中部国際空港の項を参照。
鉄道路線
常滑中心市街に設置された常滑駅は、常滑線の下り終着駅である。中部国際空港の開港に伴って空港線が常滑線を延伸させる形で設置され、常滑線と一体運行されている。
※市南部に
知多新線が通っているが、市内に駅はない。
路線バス・空港バス
- 知多バス(知多乗合)
- 半田空港線(知多半田駅〜住吉町駅〜中部国際空港)
- 安城空港線(三河安城駅〜三河高浜駅〜中部国際空港)
- 西尾空港線(西尾駅〜碧南中央駅〜中部国際空港)
- 豊橋空港線(豊橋駅〜豊川駅〜中部国際空港)
- 常滑線(知多半田駅〜成岩橋〜中部国際空港)
- 常滑南部線(河和駅〜上野間駅〜中部国際空港)
- 常滑南部線(内海駅〜野間駅〜中部国際空港)
- とことこバス(市街循環バス)
道路
- 有料道路
- 知多横断道路
- 中部国際空港連絡道路
- 上記二つの路線を合わせてセントレアラインの愛称がついている。
- 一般国道
- 国道155号(起点)
- 国道247号
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
春には合併以前の旧町村を受け継ぐ各地区で祭礼があり、知多地域の周辺市町と同様、町内ごとの
山車が引き回される。
出身有名人
関連項目
外部リンク
とこなめし
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