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笑福亭笑瓶

である。]] 笑福亭 笑瓶(しょうふくてい しょうへい、1956年11月7日 - )は、落語家お笑いタレント(しかし最近ではタレントとして表記される)。所属事務所太田プロダクション上方落語協会会員。大阪府出身。興國高等学校大阪芸術大学芸術学部文芸学科卒業。本名は渡士 洋(とし ひろし)。

来歴・人物

高校在学中の1972年にスクールメイツに入団し、芸能人としてのキャリアをスタート。元々芸能界指向で「役者になりたい」という意志が強く、学生時代には石原プロなどに直接「自分をドラマに出演させてください」などと書いた自薦のハガキを出しまくっていたという。その努力は実らなかったが、その後毎日放送のラジオ番組『MBSヤングタウン』での鶴瓶のトークに魅せられて1981年に笑福亭鶴瓶に弟子入りを志願し、一番弟子となる。鶴瓶の付き人として修行中、毎日放送のテレビ番組『突然ガバチョ!』のレギュラー出演者に抜擢され、一躍人気者となる。東京での仕事も増え、ここが仕事の中心地になった時に、共演者の山田邦子片岡鶴太郎太田プロダクションへの移籍を誘われる。通常、芸能事務所の移籍は簡単に行われないのだが、師匠の鶴瓶と松竹芸能の粋な計らいでスムーズに移ることが出来た。
笑瓶が弟子入りをした当初、鶴瓶はほとんど落語をしておらず、弟子入りの際に鶴瓶から「俺、ほとんど落語やれへんで」と言われたところ、笑瓶は「いえ、僕も落語する気ないですから」と答えたという。そこで鶴瓶は、「鶴瓶の妻と、鶴瓶の師匠の六代目笑福亭松鶴に気に入られれば弟子入りを認める」という条件を出す。妻とはすぐに認められ、その後松鶴と引き合わされた際、松鶴から「君は人を笑わせるのが好きか」と問われ、「好きです」と即答したところ、松鶴は鶴瓶に「この子も落語家や」と言い、笑瓶には「こいつ(鶴瓶)の生き様を見習え」と告げたと言われる。
内弟子時代に同じ部屋で鶴瓶と寝ていた際、鶴瓶の寝息があまりにも荒かったために鶴瓶を同性愛者だと疑い、貞操の危機に怯えながら寝ていたことがあったと言う。
黄色いプラスチックフレームの眼鏡がトレードマーク(髭を生やしていた時期もあった)。ダウンタウンからは「メガネ」と呼ばれている。浜田雅功は時々「メガネ兄やん」と呼ぶ。ダウンタウンは後輩であるため、先輩の笑瓶に「兄さん」を付けて呼び、敬語で話すが、浜田は「何であんな奴に敬語使わなあかんねん」と呟くことが多い(よみうりテレビの番組『HAMASHO』の企画で、笑瓶とダウンタウンは芸能界入りがたった半年しか離れていないことが判明した)。よみうりテレビ『ダウンタウンDX』では、他のゲストの話に割って入ろうとすると浜田から「おい、勝手にしゃべんな笑瓶」などと呼び捨てで言われたりしている。さらに松本人志からは「なんで名前に笑いが二つも入ってるんでしょうね」と言われるなど、ダウンタウンからは散々な扱いを受けているが、本人は怒ったりせず、「オイシイ」と感じているようである。ダウンタウン(特に松本)がところどころで芸歴が半年だけ先輩の彼を「笑瓶」、「洋」などと呼び捨てにし、笑瓶がそれに対し「何で呼び捨てなん」、「先輩やぞ」などと突っ込むのがお約束となっていてダウンタウンDXではいじられ役に回ることが多い。なお、濱口優からは尊敬の念を抱かれておらず、面と向かって「笑瓶」と呼び捨てにされることさえある。
近年は、鶴瓶が六人の会などの活動から落語に目覚め、一門で寄席なども開くようになった為、笑瓶自身も出来ない落語を勉強せざるを得なくなった。演目は自作の『一日早い死神』など新作落語のみで古典落語は口演していないが、『上方落語家名鑑ぷらす上方噺』制作時の取材に「笑福亭という屋号の重さ、物語で笑いを届ける落語という話芸の素晴らしさを実感している」と答えている。
フジテレビの番組『ものまね王座決定戦』ではものまね芸を披露。似ている似ていないにはこだわらず、「魔法使いサリーのよし子ちゃん」など、面白さを追求したネタが多い。
事務所の後輩で、まだコントの役割分担が明確でなかった頃のダチョウ倶楽部に対し、「ボケやったら竜ちゃんやな!」と助言し、芸風を確立させるきっかけを作った。
かつて出演していたラジオ番組『MBSヤングタウン』では、リスナー宅へ生電話をかけた際に事情を知らされていなかった母親が電話に出てしまい、深夜の怪しげな電話と思われ切られそうになった事がある。この際に、笑瓶が咄嗟に「弟子の番組にゲスト出演している」という設定で師匠鶴瓶の声色を使い、この母親を納得させて事無きを得た。
大阪では現在、よみうりテレビのローカル番組『大阪ほんわかテレビ』にレギュラーで出演しているが、既に全国区で活躍している現在は大阪での仕事は減少傾向にある。
フジテレビの番組『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』でジュエミリアとして番組に出演したモデルの鈴木えみが、8年前に電車内で笑瓶にナンパされた事を発言。「君、いくつ?」と聞かれ「16歳」と言うと、笑瓶は逃げる様に後ろの車両へと去って行ったという。その回の番組のエンディングでは、司会のダウンタウン・松本がプレミアムディスクの視聴者応募プレゼントのキーワードを発表する際に「笑福亭のアホ」と発表した。
日本テレビの番組『TVおじゃマンボウ』(2006年3月終了)では、32回もゲスト出演している。

ショウヘイヘーイ

2006年の『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』では「6人目のガキ使いメンバーオーディション」に笑瓶が選ばれ、体育館でシーソーの片側に置かれたパイを空中へ飛ばして顔面キャッチしたり、黒いマスクを被った人間を複数登場させて「ショウヘイヘーイ」という奇声を流して誰が発したものかを答えたりするなど、かなりシュールな審査が行われた。また合間に笑瓶が椅子に座るたびに浜田から「渡士(本名)君。足閉じて。イラッとするから」と言われた。巨大ボールを使って遊ぶ審査項目では、青の巨大ボールしか動かせていなかったため松本から「青(ボール)ばっかりちゃうやろ!!」と怒鳴られた。あまりの審査内容の下らなさに審査員のレギュラーメンバーですら「何がおもしろいんや!?」と吐露した。ほぼ全ての審査項目は合格(ただし採点には不可解なところが多い)したが、自信満々で望んだ最終審査発表では「不合格!」の判定が流れ新レギュラー話はお流れになった(このオーディション自体がガキ使い恒例の台本に基づく企画物)。今回のオーディションで不合格になった際笑瓶曰く「また次もくるからな!!」と意欲を示し、レギュラー入りを諦めていないようである。この企画は、2006年度のガキの使いベスト企画第8位にランクインし、後の松本曰く、この放送を見ていた木村祐一が涙を流して笑い、木村は「テレビを見てこんなに笑ったのは久しぶりや」と言っていたらしい。
なお、この審査で使われた「ショウヘイヘーイ」という奇声は、2006年末の企画『笑ってはいけない警察24時』で罰を受けるメンバーの就寝中に恒例の「天の声」としてお馴染みの「今夜が山田」と共に新バージョンとして流し、罰を受けるメンバーの爆笑を誘い安眠を妨害、尻叩き地獄へ誘った(叩かれたのは浜田と遠藤で山崎は寝ていて1人だけ気付かなかった)。なお、全く同じパターンの声にもかかわらず、3連続(遠藤は4連続)でアウトになる強力なネタだった。松本曰く「(笑瓶兄やん)一切(今罰ゲーム)出場してないのに笑い取ってるな」。この声は声優の幸野善之によるものである。
「ショウヘイヘーイ」はガキ使いメンバーにも大変好評で、この「ショウヘイヘーイ」の思わぬブレイクにより、2007年初頭から色々な番組への出演が急増している。また、この他にも「ショウフクテーイショウヘーイ」や「トシヒローシ」等のバージョンも存在する。
余談だが、「ショウヘイヘーイ」の声を担当した幸野は笑瓶と同じ大阪芸術大学の出身である。
師匠の鶴瓶はフジテレビ『ダウンタウンのごっつええ感じ』の新メンバーオーディションに落選しており、師弟揃って厳しい審判を受けている。

出演

テレビ番組

現在のレギュラー番組

過去の代表的な番組

ラジオ番組

現在のレギュラー番組

過去の代表的な番組

CM

  • コンタックシリーズ(グラクソ・スミスクライン) - 大阪くん役ナレーションを担当。10年以上このCMに出演し続けている(当初はいとうせいこうと共に担当していたが、現在は笑瓶のみ継続)。当初は声のみの出演だったが、最近は本人も顔出しで登場している。CMで流れる歌も、笑瓶が作ったものである。

ものまね

基本的に出オチ、もしくは話術で笑わせるネタが多い。特に柳生博は甲高い声の持ち主であるにも関わらず、笑瓶は低い声を強調する。

弟子

  • 笑福亭笑助

外部リンク


出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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