歴史
いみづ(いみず)という地名は、『
先代旧事本紀』に「伊弥頭の
国造(いみづのくにのみやつこ)」が登場するのが初見とされる。語源には諸説あり、「出水」と解して「川口」もしくは「湧泉地」の意とする説、文字通り射られた矢のように速い川(射水川(現
庄川・
小矢部川))の意とする説などがある。
1889年(明治22年)の
市制施行の際に高岡の67町が高岡市となり、以後、周辺の町村を編入していった。
1896年(明治29年)
3月に、現在の氷見市の市域および高岡市太田地区が
氷見郡として分離された。
1951年(昭和26年)
3月15日、新湊町が市制施行して新湊市となり、その後周辺の村を編入した。
2005年(平成17年)
11月1日、射水郡内の全町村と新湊市が合併して射水市となり、射水郡は消滅した。合併の経緯は
射水市の記事を参照のこと。
沿革
- 1889年(明治22年)4月1日(5町49村)
- 市制施行に伴い、高岡市が発足、郡より離脱。
- 町村制施行に伴い、射水郡に氷見町・新湊町・小杉町・大門町・伏木町の5町と49の村が成立する。
- 1896年(明治29年)4月1日 - 氷見町と20の村が氷見郡として分立。(4町29村)
-
1915年(大正4年)1月1日 - 打出本江村が本江村に改称。
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1917年(大正6年)5月15日 - 掛開発村が高岡市に編入。(4町28村)
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1925年(大正14年)8月1日 - 下関村が高岡市に編入。(4町27村)
-
1928年(昭和3年)6月1日 - 横田村・西条村が高岡市に編入。(4町25村)
-
1933年(昭和8年)8月1日 - 二上村が高岡市に編入。(4町24村)
-
1940年(昭和15年)12月1日 - 牧野村が新湊町に編入。(4町23村)
- 1942年(昭和17年)4月1日 - 伏木町・能町村・守山村・野村・佐野村・二塚村が高岡市に編入。(3町18村)
- 1942年(昭和17年)6月8日 - 橋下条村が小杉町に編入。(3町17村)
- 1942年(昭和17年)10月2日 - 新湊町が高岡市に編入。(2町17村)
- 1951年(昭和26年)1月1日 - 新湊町・牧野村が高岡市より分立。(3町18村)
- 1951年(昭和26年)3月15日 - 新湊町が市制施行し、新湊市となり郡より離脱。(2町18村)
- 1951年(昭和26年)4月4日 - 牧野村が高岡市に編入。(2町17村)
-
1953年(昭和28年)4月1日 - 作道村・片口村・堀岡村・海老江村・七美村・本江村が新湊市に編入。(2町11村)
- 1953年(昭和28年)10月5日 - 塚原村が新湊市に編入。(2町10村)
- 1953年(昭和28年)11月15日 - 金山村が小杉町に編入。(2町9村)
- 1953年(昭和28年)12月1日 - 大江村が小杉町に編入。(2町8村)
-
1954年(昭和29年)3月1日(2町3村)
- 大門町・櫛田村・浅井村・水戸田村・二口村が合併し、大門町が発足。
- 老田村が婦負郡呉羽村・長岡村・寒江村と合併し、婦負郡呉羽町が発足、郡より離脱。
- 1954年(昭和29年)3月27日 - 黒河村が小杉町に編入。(2町2村)
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1959年(昭和34年)4月1日 - 小杉町が婦負郡池多村の一部を編入。
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1969年(昭和44年)4月1日 - 大島村が町制施行し大島町となる。(3町1村)
- 2005年(平成17年)11月1日 - 小杉町・大門町・大島町・下村が新湊市と合併し、射水市が発足、郡より離脱。同日射水郡消滅。
式内社
延喜式神名帳には13座12社(大社1座1社、小社12座11社)が記載されている。大社は
名神大社であるが、写本により射水神社とするものと気多神社とするものとがある。
- 射水神社(高岡市古城 射水神社、高岡市二上 二上射水神社)
- 道神社(論社3社)
- 物部神社(高岡市東海老坂)
- 加久弥神社 二座(論社2社。氷見市神代 加久弥神社、高岡市末広町 高岡関野神社)
- 久目神社(氷見市久目)
- 布勢神社(氷見市布勢)
- 速川神社(論社3社)
-
櫛田神社(射水市串田)
- 礒部神社(氷見市磯辺)
- 箭代神社(氷見市北八代)
- 草岡神社(射水市古明神)
-
気多神社(高岡市伏木一ノ宮)
関連項目
外部リンク
いみすくん
いみすくん
出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)