自然科学(しぜんかがく、
natural science)とは、
科学的方法により一般的な法則を導き出すことで自然の成り立ちやあり方を理解し、説明・記述しようとする
学問の総称。
概説
この「自然科学」という表現は、一般に、「
人文科学」や「
社会科学」と対比する時に用いられることが多い。19世紀のヨーロッパにおいて諸科学が分化・独立して以来そのような呼び分けが定着している。ただしドイツでは、日本とは対比・区分が若干異なり、自然科学 Naturwissenschaft は「文化科学 Kulturwissenschaft」や「精神科学 Geisteswissenschaft」と対比されることが多い。
現在、自然科学は、狭義には、
物理学、
化学、
生物学、
地学、
天文学など自然科学全体の基礎となる理論的研究をする部門を指し、これを「
理学」とも呼ぶ。また、この狭義の自然科学に
数学を含む場合もある(自然科学と数学の節を参照)。
自然科学の歴史は
科学史の分野で研究対象とされている。
自然科学を対象とする哲学的考察は
認識論および
科学哲学においてなされており、「科学基礎論」と呼ばれることもある。
近代自然科学成立の歴史と方法論
自然を対象とした学問としては、確かに古代ギリシャ時代以来「
自然学」があった。またヨーロッパ中世には
スコラ学があり、「
自由七科」という学問分類の内の「クアドリウム(四科)」には、天文学も含まれていた。だがそれらの方法論は基本的に近代自然科学のそれとは異なっていたと言えよう。
今では近代科学のものとして広く認知されているこの方法論の萌芽は、ヨーロッパで近代西洋科学が成立する以前から、各国の伝統的科学・技術の中に、分散的にではあっても、すでに存在していた。たとえば、実際の有用性・有効性を経験的に確認して、それを合理的に改善していくことをしなければ、
火薬や
羅針盤の発明・発達は不可能だっただろう(中国の科学)。
現在考えられているような自然科学(近代自然科学)は、17世紀のヨーロッパの自然哲学者(
ケプラー、
ガリレイ、
ニュートン等)の天文現象との格闘により確立した。
実証を支える精密な実験、実験解析方法の進展。理論を展開する土台となる数学手法の構築。オープンに科学の成果を交換しえる場の登場(
ロンドン王立協会、
フランス科学アカデミー等)。また同時期に
学術雑誌が登場し、ジャーナル・アカデミズムが確立した。新たな知識は、公開の場で討論され鍛え上げられていくようになり、科学成果は、発見者の占有物ではなく万人の知的共有財産となることになった。このように知識が効率的に共有されるシステムが築かれたことが、その後、科学知識が膨大に蓄積されていく原動力となった。これらすべてを可能たらしめるシステム全体が近代自然科学の営為である。
このように近代自然科学は、すでに築き上げられた知識の体系を指すのと同時に、方法論、システム全体も指す。
すなわち、近代自然科学とは、ギリシャの
自然哲学のように、ある天才哲学者の頭脳が紡ぎだしたもの、ではない。あるいは中世の
スコラ学のように、精緻な理論構築物ではあるが実証精神(
実証主義)を欠きがちなもの、でもない。
近年の方法論
- 還元主義と複雑系
知識をある基本法則に帰着させる方法論は
還元主義と呼ばれることがある。この語が否定的トーンで語られることの多いのは、「
科学技術」という応用面の発展もうながして人類への貢献も大きなものがあったものの、
生命の起原や生物社会の成り立ちなどこの方法では説明が困難な対象も存在するからであろう。近年、これらの対象を素因子が相互作用する場として捉えることでその成り立ちを理解・説明しようとする
複雑系の手法も成立しつつある。ここでの方法論は還元主義のそれとは違うアプローチをとっており、自然科学および経済活動など社会科学の分野でこれまで説明困難であった事象の理解がすすむのではないかとも期待されている。
自然科学の分野
自然科学には、以下のような学問分野が属する。
物理学
物理学は、
- 自然界を構成する要素
- それらの構成要素に働く相互作用
- 相互作用に対する応答
- 要素が多数集まったときのふるまい
についての普遍的な法則を探求する学問分野である。
化学
化学は、
原子・
分子を
物質の構成要素と考え、物質の構造・性質・反応を研究する学問分野である。日本では幕末から明治初期にかけては
舎密(せいみ)と呼ばれた。
生物学
地球科学
地球科学は、
地球を研究対象とした学問分野であり、内容は地球の構造や環境、歴史などを目的として多岐にわたる。近年では太陽系に関する研究も含めて地球惑星科学ということが多くなってきている。
天文学
天文学は、
天体や
天文現象など、地球外で生起する自然現象の観測、
法則の発見などを行う学問分野。地球科学や物理学の一分野とされることもある。
数学
数学は、「自然科学」「人文科学」「社会科学」の3分類上、自然科学 "系" の学問とされることが多い。(これに関するの諸議論は後述)
批評
自然科学と数学
数学を理学や自然科学に含めるかどうかについては議論がある所である。
歴史的には数学は自然科学の強力な記述方法として常に利用されてきた。しかし
記号論理学が確立すると
公理的に記述できるものなら何でも数学として取り扱うようになり、結果として自然科学から遊離した概念すらも数学に取り込まれた(典型例は
計算機)。このため、伝統的数学と自然科学の結び付きを見て「数学は理学や自然科学である」ととらえる者と、近代的な線引きを見て「数学は理学や自然科学ではない」ととらえる者の二者がいる。
社会的には数学は自然科学に比べれば狭い分野であり、自然科学に含めないとすれば他に含めるところもないため、妥協して便宜上自然科学に入れることが多い。例えば多くの大学では数学科は理学部の一部であり、図書の分類法である
日本十進分類法では数学は自然科学の下位項目である。ただし、現在の研究者に対しても過去の偉大な学者に対しても(物理学者や生物学者を自然科学者と呼ぶことはあっても)数学者を自然科学者と呼ぶことはまずない。
「数学は理学や自然科学である」と考える主な根拠は次のものである。
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自然科学と関係が深い:数学は自然科学、殊に理論物理学との関連が非常に強い学問である。自然科学と数学は互いに影響を与え合いながら進歩してきており、この関連の強さを重視して数学を自然科学に含める。
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自然科学に由来する概念が多い:ベクトルや微分のように、物理学に由来し、物理的解釈を持つ概念を数多く研究している。よって数学研究は自然研究の一環である。
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論理や数理も広い意味では自然の一部:数学はある定義の下で自然に定まる論理の連鎖や数理的な成り立ちを研究する学問である。このような論理や数理も広い意味で自然世界の一部なので数学は自然科学の一分野である。
それに対し「数学は理学や自然科学ではない」と考える主な根拠は数学は自然現象を対象にしていないというもの。より詳しく言うと以下の通り。
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数学では実験も観察も行わない:「仮説を立て実験観察により検証する」という自然科学の最大の特徴を欠いている。数学は自然科学とは異質な学問である。
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数学は机上の空論:自然科学は自然現象を扱う学問である。しかし数学はただの論理で、公理から導けるものなら何でも扱う机上の学問。
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数学の正しさは自然現象と無関係:数学はただの論理なので自然現象と矛盾する数学を作る事が可能だし、実際にそういう研究もなされている。数学の真正性は我々の宇宙とは別の宇宙ですら成り立つ。物理学は実験結果によって理論が覆される事があるが数学ではありえない。
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数理モデルは自然現象とは別:(平たく言えば、数学で扱う「直線」は太さが無いのに実際の直線は太さがあるので両者は別物、という事)自然現象を数学で扱うこともあるが、その場合はまず数理モデルという「自然現象とそっくりな数学的対象」を作り、自然現象そのものではなく数理モデルの方を扱う。この為数理モデルを使った成果と実際の自然現象にズレが生じる事も多い。これは数理モデルのほうは数学だが実際の自然現象のほうは数学ではないからだ。数や図形のように物理的背景を持つ研究対象も多いが、数学で扱うのは数理モデルの方の数や図形であって実際の数や図形ではない。
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自然現象と無関係な対象も扱う:例えば計算機も研究対象。
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数学は言語:数学は自然科学の記述に必要だが、だからといって数学は自然科学だとは言えない。実際自然科学の記述に英語や日本語などの言語を用いるが、英語や日本語を自然科学だとは誰も思わない。数学は言語だ。実際計算機科学では数学(的に正しい命題全体の集合)を言語として扱う。数学は自然科学自身ではなく自然科学を記述するための"メタ科学"だ。
自然科学観と疑似科学
現代の進んだ科学技術の元の大衆化社会では、自然科学はできあがった知識の体系とのみ見られる傾向がある。このような批評精神に欠ける見方は非常に危険である。
現代社会が自然科学のような外見をもち、その実、自然科学の要件をみたさない
疑似科学の跋扈を絶つことができない原因はここにある。
出典・脚注
関連項目
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