組員は
2008年10月現在で組長(親分)、舎弟(弟分)8人、若中(子分)78人の計87人である。 組長を除き、これら86人の舎弟・若中は直参(直系組長)と呼ばれ、それぞれが数百〜数千人の構成員を抱える組織のトップである。
2006年末、その構成員数は2万600人、準構成員数は19,100人の合計39,700人となり、その人数は全暴力団構成員数84,700人のうちの49.6%を占めている。
傘下組事務所は
広島、
沖縄の2県を除いた45都道府県に置かれていると言われる。
「山口」の2文字を
菱形にデザインした「山菱」と呼ばれる
代紋を用いている。
略歴
初代山口組
二代目山口組
大正14年(
1925年)、
山口登が、実父・山口春吉の引退により山口組二代目を継承した。
三代目山口組
昭和21年(
1946年)7月、山口組舎弟会が開かれた。山口登の若衆だった藤田仙太郎(元
関脇・
山錦善治郎。本名は
山田善治郎)が、山口組三代目に、田岡一雄を提案した。舎弟頭・森川盛之助、湊芳次ら全員が田岡一雄の山口組三代目就任に賛成した。これにより、田岡は山口組三代目に内定した。
四代目山口組・山一抗争
昭和59年(
1984年)6月5日午後3時、山口組直系組長会で、竹中正久は、山口組四代目組長就任の挨拶をした。山本広を支持する直系組長は、直系組長会に出席しなかった。
山本広派が山口組を脱退し
一和会を結成。山口組と一和会は
山一抗争に発展した。
五代目山口組
六代目山口組
平成17年(2005年)
7月29日、司忍が山口組六代目を襲名した。
綱領と組指針
三代目時代に制定された5条からなる「綱領」が、定例会など行事の際には唱和される。また、年ごとの「組指針」も定められている。
弱者を支援。
阪神大震災では率先して
被災者に
炊き出し支援を行った。
六代目発足以降「警察官と接触しない」、「警察機関に人、物を出さない」、「警察官を組事務所に入れさせない」の三点を定め警察との距離をおいている。
歴代組長
歴代若頭
六代目山口組
最高幹部
舎弟
幹部
兵庫若中
大阪若中
他都道府県若中
親戚・友好団体
- 三代目浅野組 - 組長・串田芳明は司 忍の代紋違いの舎弟。
-
松葉会 - 団体同士の親戚縁組。
-
双愛会 - 会長・塩島正則を司 忍が後見。
- 五代目共政会 - 会長・守屋 輯を司 忍が後見。
- 三代目福博会 - 会長・長岡寅夫を司 忍が後見。
-
東亜会 - 会長・金海芳雄を司 忍が後見。
- 三代目侠道会 - 会長・池澤 望と六代目山口組若頭補佐・寺岡 修が五分兄弟分。
- 二代目親和会 - 会長・吉良博文と六代目山口組幹部・光安克明が五分兄弟分。
- 七代目酒梅組 - 組長・金山耕三朗を六代目山口組若頭・?山清司が後見。
- 六代目合田一家 - 総長・温井完治を?山清司が後見。
- 六代目会津小鉄会 - 会長・馬場美次を?山清司が後見。
-
稲川会 - 稲川会三代目山川一家総長・内堀和也と六代目山口組二代目弘道会二代目?山組組長・竹内照明が五分兄弟分。
脚注
参考文献
-
飯干晃一『山口組三代目 野望篇』(徳間書店徳間文庫、1982年) - ISBN 4-19-597344-9
- 『山口組50の謎を追う』(洋泉社、2004年) - ISBN 4-89691-796-0
- 山平重樹『ヤクザ大全』(幻冬舎幻冬舎文庫、1999年) - ISBN 4-87728-826-0
- 実話時報(竹書房)
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実話時代
- 実話時代 BLUE<!--
- 別冊実話時代 Vol.5-->
やまくちくみ
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)