国鉄の形態
経営上の形態
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国際的には以下の経営形態を持つ鉄道運営組織について、一般的に「国鉄」と称される。事業体の英称としては"National Railway"、"State Railway"、"Republic Railway"などの語が用いられることが多い。
事業体が法人形態を取る国では、
商事法以外の特別法(日本の「日本国有鉄道法」、イギリスの「1947年輸送法」など)を法人の設立根拠とする「
特殊法人」または「
特殊会社」のケースが少なくない。また旧共産圏諸国など、歴史的経緯から
私鉄がほとんどなかった地域では、国営または国有の鉄道事業体であるにもかかわらず、単に「鉄道」「鉄道企業体」などと呼称し、事業体の名称および略称に「国鉄」に相当する用語を用いないケースもある。
設立経緯・目的上の形態
設立の経緯・目的の面からは、国鉄は以下の3つの形態に分類される。
- 地域開発・産業振興目的
- 地域開発や産業振興の目的で国が先行投資として建設したもの。私鉄と並存している形態が多い。(日本の官設鉄道、ドイツの邦有鉄道、ベルギー国鉄など)
- 全国統一鉄道網を形成する目的
- 軍事上・産業上の要請から私鉄を買収して全国的に統一された鉄道網を形成する目的のもの。(日本の国有鉄道、スイス連邦鉄道、ドイツ国営鉄道、イギリス国鉄など)
- 私鉄の救済目的
- 経営の立ち行かなくなった私鉄を救済して国有化したもの。私鉄では経営できない人口希薄な場所へ建設するものを含む。(フランス地方鉄道、ベルギーのNMVB/SNCV、アメリカのコンレールなど)
日本における国鉄
日本においては、明治期に政府が開設し運営していた国営の
官設鉄道(官鉄)がはじまり。のち
1906年の
鉄道国有法による
鉄道国有化で、
日本鉄道など当時の大手私設鉄道17社を買収して誕生した新しい国営鉄道網について、政府が自ら建設した官鉄と区別し、新たに「
国有鉄道」と称した。
国有鉄道は政府官庁である工部省、逓信省、内閣鉄道院、鉄道省、運輸通信省、運輸省によって、
1949年まで国の国有鉄道事業特別会計による国営事業として運営。同年からは、日本国有鉄道法に基づき、政府出資の公共企業体(公社)である日本国有鉄道が行う国の公共事業として、
1987年まで運営された。戦後においては、日本国有鉄道の略称としての「国鉄」の呼称が広く普及した。
歴史
国鉄の誕生と鉄道網の一元化
世界で最初の国有鉄道は、
1835年にベルギーで開通した。
1830年に
オランダから独立したベルギーでは、戦争で荒廃した国土の再建と経済開発を進めるために国有の鉄道網を計画。国土を東西方向と南北方向に結ぶ十字形の路線を建設した。しかし当時は全国統一の路線網を形成する意図はなく、国内鉄道の営業距離は私鉄の方が長かった。
各
領邦に分かれていたドイツでは領邦ごとに鉄道網の建設が行われ、このうち各領邦政府が自ら建設した鉄道については邦有鉄道(Staatsbahn)と呼ばれた。
プロイセンで領邦内の私鉄を買収して鉄道網を邦有鉄道に一元化したのを皮切りに、他の領邦でも第一次世界大戦の時期にかけて同様の施策が取られた。各邦有鉄道は大戦後の
1920年に統合され、
ドイツ国営鉄道(Deutsche Reichsbahn)が発足した。
フランスでは、6大鉄道と呼ばれる民間の大鉄道会社が政府の保護の下に鉄道網を広げていた。このうち経営破綻した「西部鉄道」を救済するために
1909年、国営のフランス地方鉄道(Chemin de Fer de l'État)が発足した。さらに
1937年には、残る主要私鉄と国が共同出資して設立した株式会社のフランス国有鉄道(Société Nationale des Chemins de fer Français)が誕生した。
大規模な国有化による全国的な国鉄網の形成は、第一次世界大戦前にはスイス(
1902年)、イタリア(
1905年)、日本(
1907年)などで行われた。第一次世界大戦と
第二次世界大戦の間にはドイツ(1920年)、オーストリア(
1924年)、ベルギー(
1926年)、オランダ、フランス(ともに1937年)など、多くのヨーロッパ諸国で同様の国鉄網整備が進んだ。
英米の「国鉄」
イギリスの鉄道網は、鉄道誕生以来私鉄のみで構成された。第一次世界大戦の戦時体制で一時的に各私鉄が国の監督下に置かれ、大戦後には国有化も検討されたが、結局「1921年鉄道法」により4大民営鉄道会社(Big Four)に再編されるにとどまった。各鉄道会社は第二次世界大戦でも国の監督下に置かれたあと、戦後の
1948年に政府のイギリス運輸委員会(British Transport Commission)に経営移管され、イギリス国鉄(British Railways)となった。
アメリカでは、初期から私鉄の建設について州や連邦政府が手厚い保護を行ったが、連邦政府が全国的な鉄道網を保有したことは一度もない。第一次世界大戦中には政府による各私鉄の輸送統制組織として
アメリカ合衆国鉄道管理局が設立された。また
アラスカ州では開拓促進を目的として
アラスカ鉄道を連邦政府が所有していたことがある。
第二次世界大戦後、航空機や自動車との競合で各鉄道会社の経営が悪化した。
1971年には、採算が特に悪化していた長距離の旅客鉄道を存続させるため、連邦政府が出資してアムトラック(全米鉄道旅客輸送公社、National Railroad Passenger Corporation)が設立された。アムトラックは北東回廊など一部を除いて線路は所有せず、私鉄各社から線路を借りて旅客列車を運行している。これとは別に経営破綻した北東部私鉄各社の救済を目的に、
1973年に連邦政府資本によるコンレール(統合鉄道公社、Consolidated Rail Corporation)が発足し事業を継承したが、その後民間鉄道会社への再売却が行われている。
経営改善の試み
多くの国では1960年代以降、国鉄の経営悪化とその改善が大きな問題となった。イギリス国鉄は
1963年、ビーチング・アックスと呼ばれる大規模な
ローカル線の廃止やサービスの統廃合を進め、西ヨーロッパ諸国や日本でも同じような動きが進められた。
国鉄の経営形態そのものを見直す「民営化」は、日本の
国鉄分割民営化(1987年)が先鞭をつけた。これによってサービスの改善や収支の改善が進んだとして国際的に注目が集まり、ヨーロッパ諸国でも国鉄の民営化が検討されるようになった。しかし鉄道の需要が大きく純粋な民営でも経営が成り立つと見込まれていた日本と異なり、ヨーロッパでは経営上、国の補助をなくすことはできないとして、
上下分離方式を導入。多くの国で上下分離や国鉄の組織の株式会社化などが行われている。
ヨーロッパで最初に国鉄改革を実施したのは、1988年7月に上下分離を行った
スウェーデンである。イギリスでは国鉄を機能別に分割して民営化を実施したが、分割された組織間の煩雑な契約関係や連携不足などの問題が発生。線路保有事業会社の
レールトラック社は、レールの折損が原因で特急列車が脱線転覆した「ハットフィールド事故」(2000年)をきっかけに経営破綻した。同社の事業は、経営面で国の関与を従来より強化した国有の新会社、
ネットワーク・レール社が継承している。
各国の国鉄
アジア
ヨーロッパ
旧ソ連
- エストニア国鉄
- リトアニア国鉄
- ラトビア国鉄
- ウクライナ国鉄(ウクライナ鉄道)
- ベラルーシ国鉄(ベラルーシ鉄道)
- ロシア国鉄(ロシア鉄道)
- グルジア国鉄
- カザフスタン国鉄
アフリカ
- エジプト国鉄
- リビア国鉄
- アルジェニア国鉄
-
モロッコ国営鉄道 (ONCF)
- スーダン国鉄
- マリ国鉄
- コンゴ国鉄
- コートジボアール国鉄
- ケニア国鉄
- ルワンダ国鉄
- ジンバブエ国鉄
- ナミビア国鉄
- 南アフリカ国鉄(トランスネット)
南北アメリカ
-
メキシコ国鉄
- コスタリカ国鉄
- ニカラグア国鉄
- コロンビア国鉄
- チリ国鉄
- ブラジル国鉄
- アルゼンチン国鉄
脚注
参考文献
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