高度経済成長(こうどけいざいせいちょう)とは飛躍的に
経済規模が継続し拡大することである。
概要
経済成長は条件が整うと飛躍的に上昇する場合がある。経済成長は付加価値生産力の増大を意味するため、経済成長の条件には、
- 付加価値生産力にかかわる充分な資源の存在
- 生産された付加価値を消費する充分な需要
- 新しい価値の形をもたらす技術革新
などがある。とりわけ生産力増大のための
投資が興隆した場合、経済は大きく成長する。投資は生産力と雇用を増大させると同時に乗数効果により需要を生み出す(投資の二重性)。投資が需要と供給の双方を生み出すことで付加価値生産は増大する。
一方でこの需要と供給の急増大が雇用との関係も含めてバランス(
ナイフ・エッジの均衡)をとるのは難しく、様々な要因で高度成長はストップする。
尚、需要面から見た場合、GDPを構成する消費C+投資I+政府支出G+純輸出NXはそれぞれ経済成長の制約条件となる。
日本の高度経済成長
経済学的には、戦争などによる資本
ストックの大量の減少は貯蓄率一定の場合、その後の国民所得(
フロー)の高成長をもたらすことがソロー・モデルによって予測される。
敗戦からの復活
GNP第2位へ
この時代、
テレビ・
洗濯機・
冷蔵庫の3種類の家電製品は
三種の神器と呼ばれ、急速に家庭に普及していった。これら家庭製品の普及は生活時間の配分にも大きな影響を与え、女性の社会進出を少しずつ促すことになった。この当時の風潮としては「大きいことは良いことだ」が
流行語となり、「
巨人・
大鵬・
卵焼き」に象徴される。「東洋の奇跡」と言う言葉が使われ始めた頃は日本人独特の「勤勉」「個より集団を重んじる(=
和の文化)」等が要因として挙げられた時期もあった。
弊害
こうした経済成長の影で社会公共投資や福祉支出は低水準にとどまり、また環境破壊が起こり「
水俣病」や「
イタイイタイ病」、「
四日市ぜんそく」といった
公害病の発生、大量生産の裏返しとしてのゴミ問題などの
公害の問題が高度経済成長期後半になると深刻化した。
これは国民が環境よりも経済成長を優先した結果であると言える。また、都市への人口集中による過密問題の発生と地方からの人口流出による過疎問題が発生した。高度経済成長時代も後半はその政策の見直しを迫られ、
公害対策基本法の制定や『
日本列島改造論』の提唱につながることになる。
安定成長へ
高度経済成長時代の終焉は
第二次ベビーブームの終焉ももたらし、
1975年以降日本は
少子化の道を歩むこととなった。バブル崩壊以後も趨勢として実質経済成長は続いており、右肩上がりの時代が終わったわけではない。なお、まれに
バブル景気崩壊までを戦後の右肩上がりの時代として「高度経済成長」と括る場合があるがあまり一般的ではない。
脚注
関連項目