教育(きょういく、
英 education、
仏 éducation、
独 BildungまたはErziehung)とは、
人がよりよく生き、またそれによって
社会が維持・発展するように、人の持つ
能力を引き出したり、新たに身につけさせたりする活動。
概要
- 教育の定義
- 教育とは、人間が潜在的に持つ様々な能力を引き出したり、人がそのままでは持たない知識・技能・態度などを身につけさせたりという手段によって、個人がより良い方向へ発達し、またそれによって社会が維持・発展することを目指した活動である。端的に、学び・学習の指導・援助とも表現される。狭義では、知識の伸張(知育)、道徳の伸張(徳育)、身体の伸長(体育)の3つを中核として捉え、洗脳・訓練・条件づけなどとは異った、自発的で、個人がよりよく生きること全体に関わるものとされる。一方、広義では、キャリア・職業のための教育や社員教育、各種資格や試験のための教育など、特定の目的のために技術的な事項を教え伝達する活動も含む。詳しくは、下記の教育の定義を参照。
- 教育の主体と客体
- 教育を行う者のことを教育者(英 educator)・教師(英 teacher)という。通俗的には(狭義の)先生と呼ぶことが多く、これは教育を行う者に対する呼び掛けに広く使われている。教育を行う者が組織に属する場合には教員とも呼ばれ、法律上では教諭・教授等の呼称が用いられている。そのうち、特に国立・公立の機関で教育を行う者は教官とも呼ばれ、私立であっても大学・短大の教員にはこの用語が便宜的に用いられることがある。また、生業として教育を行うこと又はその者を教育職とも称する。詳しくは、教育関係者に対する呼称を参照。
- 一方、教育の受け手は、児童・生徒(英 pupil)または学生(英 student)、あるいは学習者・学び手(英 learner)、より堅い言葉では被教育者(英 educatee)とも呼ばれる(詳しくは在学生を参照)。教育の対象として、通俗的・日常的にはこどもや未成年という狭い範囲のみが念頭に置かれることも少なくないが、より広く成人も含むとする見解が現在では一般的となっている。教育の対象に応じて、乳児の場合には乳児教育(保育)、幼児の場合は幼児教育、児童の場合には児童教育、成人である場合は成人教育と呼ばれる。また、教育の対象が、障害者など学習や生活の上で特別な支援を必要とする者である場合は、特別支援教育という。教育の対象は他者であるとは限らず、自分自身であることもあり、その場合には自己教育(英 self-educationまたはautodidacticism)と言うことがある。
- 教育の行われる場
- 教育は、行われる場に応じて学校教育・社会教育・家庭教育の3つに大きく区分することが多い。「学校教育」とは、学校において行われる教育のことであり、特にこどもに対して、定められた学校で所定の年限の間、心身の発達に応じて行われる活動を指すことが多い。「家庭教育」とは、家庭において行われる教育のことであり、家庭教育のうち人間社会において基礎的な価値観・態度・徳をこどもに示すことは特にしつけと呼ばれる。「社会教育」とは、社会において行われる教育のことであり、学校や家庭以外の社会のさまざまな場において行われている多様な教育活動が該当する。なお、教育は必ずしも同じ場所に居合わせた者同士で行われる必要はなく、離れた場所に居る者に対して行われることもある。そのような教育は、遠隔教育(遠隔地教育)・通信教育と呼ばれる。
- 義務教育・公教育
-
国民に基礎的な教育を保証するために、日本を含む多くの国家が、公教育として数年にわたる義務教育を制度化している。これは一般的に、初等教育と中等教育の一部とが、児童・生徒の権利であるとともに、何者かの義務としても理解されていることを意味している。この義務としての教育を義務教育と呼び、それが誰の義務であるかは国によって、児童・生徒自身であったり、その国家・保護者・国民などであったりと異なっている。これらの点について詳しくは、下記の教育制度を参照。
- 人間以外の場合
- 高等動物では、教育に近い行動が見られる例がある。猫などの肉食獣では子供に狩りの練習をさせるために弱らせた獲物をあてがうなどはその代表的なものである。詳細は教育 (動物)を参照。
教育の理念
教育の定義
教育は様々に定義されてきたが、その定義の仕方は大きく次の4種類に分けることができる。
- 語源・語義からの定義 (例 「教育とは、能力を引き出すことを意味する」)
- 目標・目的からの定義 (例 「教育とは、よりよく生きるためのものである」)
- 方法・手段からの定義 (例 「教育とは、強制の一種である」)
- 機能・効果からの定義 (例 「教育とは、社会の再生産である」)
例えば、
英語のeducationや
フランス語のéducationは、ラテン語のducere(導く)に由来することから、教育とは人の持つ諸能力が引き出されるよう導くことであるとする定義がある。これは、語源・語義に基づいて、方法・手段の観点から定義した例である。
また、
分析哲学の影響を受けたリチャード・ピーターズは、「教育を受けた者」という概念の内在的な意味を探求し、自由教育(
教養教育)の立場から「教育」を次の3つの基準を満たす活動として定義した。
- 教育内容 - 価値あるものの伝達
- 教育効果 - ものの見方が広がる
- 教育方法 - 学習者の理解を伴う
教育の目的
教育によって何を目指すかを教育目的(又は教育目標)と呼ぶ。教育目的の定め方には、2つの立場が存在してきた。
- 道徳主義 - 政治や社会、道徳や倫理と言った教育の外にあるものから教育目的を定めるもの(例 アリストテレスの徳)
-
機能主義 - 教育それ自体が上手くいくように教育目的を定めるもの(例 ジョン・デューイのプラグマティズム)
教育の正当性
なぜ人に教育を行うべきなのかという根拠のことを、教育の正当性と呼ぶことがある。これには、教育の必要性と教育の可能性の二面から論じられることが多い。教育が当たり前の活動となっている現在においては、どちらも暗黙のうちに当然視されることが多い。
教育の必要性
教育の必要性とは、なぜ人に教育が欠けてはならないのかである。もし教育を受けなくともよいということになれば、教育は必ずしも必要でなくなる。この点について、例えば
イマヌエル・カントは「人は教育によって人間になる」と述べ、人間らしく生きるために教育が必要であると論じた。
学びの意欲を喪失した
若者が多いといわれる
現代において、なぜ教育が必要かが改めて問われる状況にある。
教育の可能性
なぜ人を教育することができるのかを
教育可能性と呼ぶ。教育が必要であるとしても、それが人間にとって可能なものでなければ、教育はやはり正当性を失うことになる。例えば、
プラトンは「徳は教えうるか?」と問い、哲人統治者としての自然的素養を重視した。現在において教育可能性が問題となるのは、「教育がいかに可能か」という教育方法の問題や、「教育がどこまで可能か」という教育の限界の問題としてである場合が多い。
教育の歴史
西洋における教育の歴史
日本における教育の歴史
教育の効果と機能
教育を行った結果としてどのようなことが起こるかについては、目的に対応して
個人に与える影響と
社会に与える影響の両面がある。この点に関連して、
エミール・デュルケームは、
近代における教育の機能を「方法的社会化」であると捉え、政治社会と個々人の双方が必要とする
能力・態度の形成であるとした。なお、教育が適切な効果・機能を果していない場合には、「教育の機能不全」、教育がむしろ否定的な効果・機能を果している場合には「教育の逆機能」と呼ばれることがある。
教育の効果
教育の効果、すなわち教育を行った結果として教育を受けた
個人に起こる変化を教育効果と呼ぶ。教育の及ぼす効果には様々なものがあるが、一般的には、特に学校教育を念頭に置いて、狭い意味での
学力の向上が真っ先に思い浮かべられることがある。現在の日本では、
学校教育に関わる学力を紙面の
試験で
測定できるもの、とりわけ
偏差値で計る傾向が強く、このことに対して強い批判が長年存在しつつも、
受験現場では不可欠とされている実態がある。
学力以外でも経済面での効果が、比較的多くの人々の関心を集めている。例えば、
学歴が上がるほど生涯賃金も上がることはよく知られているが、教育を投資と考える傾向の低い日本において、学歴による生涯賃金の差は比較的小さい。その一方で、現在の日本社会では、「勉強して良い大学に入れば、良い企業に入れる」という仕組みが崩れてきたことが幾人かの論者によって指摘されるている。
そのほか、政治面では、各国において教育年数が長いほどおおむね
個人主義的・
革新的価値観を持つ者が増えることが明らかになっている。この傾向は日本においても基本的に同様で、
学歴が高いほど
投票率が高まる半面、政治への満足度は逆に下がり、また、学歴が高まるほど
自民党支持が減って、
民主党支持や支持政党無しの者が増えることが知られている。
教育効果に関する議論は、教育内容や教育方法などを改善する上で欠かせない一方、教育目的を
測定可能なもののみに置き換えがちな点には注意が必要である。
教育の社会的機能
教育が社会に対してどのような影響を与えるか、いかなる役割を果たしているかという教育の社会的機能に関しては、肯定面・否定面双方から議論がある。
- 教育の肯定的な機能
- 教育が社会に及ぼす効果として、経済・政治・社会などに与えるものが議論されている。経済面においては、進学率の上昇による労働者の質的向上が経済成長を押し上げる効果があることが指摘されている(教育の経済効果)。
- また、政治面では、開発学においては識字率の上昇が民主化に寄与すると考えられることが多いが、識字率と民主化との間の相関は一般に考えられている程には高くなくむしろその反例も見つかることから、この考えは「西欧市民社会の誤謬である可能性」を指摘する見解がある。
- そのほか社会的な面においては、教育の普及が男女や階級の平等に寄与するといった主張や、教育水準の上昇が幼児死亡率や衛生状態の改善に寄与するといった主張などがある。
- ただし、教育がもたらすこれらの肯定的な機能に対しは疑問の声も一部で上がっている。例えば、発展途上国においては、基礎的な教育の実施で期待される所得・生産性の向上や市場経済への移行などといった経済効果や、政治における民主化の前進、社会における人口の抑制などといった効果が、必ずしも顕著には現れていないことが指摘されている。
- 教育の否定的な機能
- 教育の否定的な機能として、学校を軍隊・病院・監獄などと同様の近代特有の権力装置であるとしたミシェル・フーコー 、学校教育が近代社会に支配的な国家のイデオロギー装置であると論じたルイ・アルチュセール、教育が文化的・階級的・社会的な不平等や格差を再生産または固定化する機能を果しているピエール・ブルデュー、バジル・バーンスタイン、サミュエル・ボールズとハーバート・ギンタス、教育は家父長制を再生産しているとのフェミニズムからの議論、教育は社会の多数派の文化を押し付けているという多文化主義からの議論、などが有名である。これらの議論は、昨今の日本においても格差社会との関連で再び見直されている。
- 教育の肯定的な機能を否定したり、教育の否定的な機能を主張したりする見解に対しては、それらが特定の教育内容・教育方法のみを前提としている点を指摘することで、教育の内容や方法を改善することでそうした問題が解決できると考える立場がある。
教育制度と教育施設
教育制度
- 教育制度
- 教育に関する制度を教育制度と呼ぶ。現実的には学校教育に関する制度が中心となるため、学校制度と言い換えることのできる場合も少なくないが、社会教育など学校外の制度の重要性も見逃してはならない。教育制度は、学校制度や義務教育の年限など、国によって異なっている。
-
- 教育行政・教育政策
- 教育に関する行政を教育行政、教育に関する政策を教育政策と呼ぶ。日本の教育政策については、日本の教育政策と教育制度を参照。教育政策の課題は国によって大きく異なっているが、先進国においてはおおむね社会的格差の解消や国際的な経済競争・知識社会化への対応などが、発展途上国の多くでは識字率・就学率の向上が、求められている。
-
- 教育法
- 教育に関する法律を教育法と言う。各国によって教育に関わる法体系にも大きな相違がある。条例等も含める場合には、教育法令と呼ぶ。教育法令によって、各国で教育に関わる権利・義務の具体的なあり様が異なっている。
-
教育施設
- 家庭で行われる教育については、家庭教育を参照。
- 社会で行われる教育については、社会教育を参照。
学校
教育施設の中でも専ら教育のために設立される施設を
学校と呼ぶ。一般に知られる、
小学校・
中学校・
高等学校・
大学などは学校の典型例である。学校において行われる教育を
学校教育と呼び、その就業年数や義務の有無など学校に関する制度を
学校制度と言う。比喩として、こうした公式の
制度の外にある
学びの場も「学校」と呼ぶことがある。
教育の課程・内容・方法
教育課程
教育内容
知育・徳育・体育のどの分野に重きを置くかで論争がある。正確な
知識という共通基盤がなければ正しいコミュニケーションや共同生活すら図れない以上、教育において最低限の知識を伝授する必要はある。一方、そうした知識をいかに活用していくかという、思考力・
コミュニケーション能力・
創造力等の技能も不可欠である。さらに、知識や技能のみならず、社会生活を営む上での基本的な価値観・態度・徳目などを教育することに価値を置く見解もある。
教育の内容について詳しくは、「
教科」を参照。また、新しい教育内容として、
教育方法
教育方法に関しては大きく二つの立場が対立している。一つは、
学問の体系的な構造に従って系統的に教育を行うべきだという、
系統学習の立場である。これは特に教育段階が上がるにつれて教育内容が学問の体系に近づく点で、説得性を帯びている。その一方で、特に
幼児・
児童への教育を中心として、こどもの自発的な
学びを尊重すべきだとする
問題解決学習(
進歩主義・
児童中心主義・
経験主義)の考えも強い。日本の小学校における
生活科や小中学校の
総合的な学習の時間は、この考えに影響を受けたものであると言われている。
教育問題
教育に関わる問題、とりわけ教育が社会に関わる問題のことを
教育問題という。特にその深刻さを強調する場合には、教育病理または教育危機とも呼ぶことがある。詳しくは
教育社会学の項目も参照。
教育現場における問題
教育活動は複数の人間が集まって行われる以上、そこに必然的に社会が生まれる。学校や
学級などはその例である。そこにおいて何らかの問題が生じることがある。学級の中の
いじめ・
不登校・
学級崩壊、
教員と
児童・
生徒・
学生との
権力関係などがここに含まれる。
社会が教育へ与える影響
政治・経済・地域社会・文化などは教育活動に大きな影響を与えているが、こうした影響が問題を生じさせることがある。例えば、国の諸
政策や
マスコミによる
報道などは、
学校教育はもちろん
家庭教育や
社会教育にも大きな影響を与えている。
教育が社会へ与える影響
学校教育を含む教育活動は、社会一般に対しても大きな影響を与える。狭義で教育問題とは、この局面で生じる問題を指すことがある。
学歴・
管理教育・
偏差値・
非行・
少年犯罪・
学力低下など
学習者、特に
こどもを通じて結果として社会に与える影響の他にも、
教師のあり方や
学校・
大学のあり方、
学閥などの問題として、教育問題は広く社会病理の一領域をなしている。
各国の教育
アジアの教育
アフリカの教育
アメリカの教育
オセアニアの教育
ヨーロッパの教育
教育学
脚注
関連項目
参考文献
ここでは、教育全般に関わる文献のみ挙げる。
事典・用語集
- 青木一ほか編 『現代教育学事典』 労働旬報社 1988年 ISBN 978-4845100880
- 今給黎勝 『躾・教育をシフトするキーワード40』 梧桐書院 2006年 ISBN 978-4340401123
- 岩内亮一ほか編 『教育学用語辞典』 第4版 学文社 2006年 ISBN 978-4762015601
- 小沢周三編 『教育学キーワード』 新版 有斐閣 1998年 ISBN 978-4641058651
- 教育科学研究会ほか編 『現代教育のキーワード』 大月書店 2006年 ISBN 978-4272411696
- 竹内義彰 『教育学小事典』 新版 法律文化社 1976年
- 田中智志 『教育学がわかる事典』 日本実業出版社 2003年 ISBN 978-4534035813
- 時事通信社内外教育研究会 『教育用語の基礎知識(2008年版)』 時事通信社出版局 2006年 ISBN 978-4788725072
- 平原春好・寺崎昌男編 『新版 教育小事典』 第2版 学陽書房 2002年 ISBN 978-4313610323
- 山崎英則・片山宗二編 『教育用語辞典』 ミネルヴァ書房 2003年 ISBN 978-4623036066
- 山下幸雄編 『教育学小事典』 法律文化社 1970年
- 山田栄編 『教育学小事典』 協同出版 2000年 ISBN 978-4319100033
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