漢字(かんじ)は、古代
中国に発祥を持つ
文字。
中国語を表記するための伝統的な
文字である。また古代において中国から
日本へ伝えられ、その形態・機能を利用して
日本語の表記にも使われている(これについては
日本における漢字を参照)。
概要
漢字の特徴
本来、一字が一義を表すことだけを重視して
表意文字としてきたのであるが、これは古代中国語の一音節が一つの意味を表す
孤立語的な言語構造に由来するのであって、正確には音と意味両者を表記する
表語文字である。つまり、1字が1語を表しているのである。このような漢字の特徴から伝統的な文字学では漢字を形・音・義の三要素によって分析してきた。
しかし、一つの音の持つ語が派生義を産んで、1字が複数の字義をもっていたり、読みが変わって、複数の字音をもっていたりする場合もある。また、
外来語を表記する場合など、単純に音を表すために作られた漢字もあり、字義を持たない場合もある。字義の有無を問わず、1音節を表す文字という点において
音節文字である日本語の
仮名とは近い関係にある。
漢字を輸入した国と、現在の使用状況
中国に
朝貢をしていた
朝鮮、
琉球王国、
ベトナムや、間接、直接に文化を取り入れた日本では、古代中国から漢字を輸入して使用した。また、
シンガポール、
マレーシアのように、中国から移住した人たちが多く住み、漢字を使用している地域がある。これらの漢字を使用する周辺諸国を包括して
漢字文化圏と呼ぶ。
現在、漢字は、中国・日本・
韓国・
シンガポールなどで、文字表記のための手段として用いられている。しかし近年の各国政府の政策で、漢字を簡略化したり使用の制限などを行なったりしたため、現在では、これらの国で完全に文字体系を共有しているわけではない。日本では仮名、韓国では
ハングルなど漢字以外の文字との併用も見られる。ただし韓国では、現在は漢字はほとんど用いられなくなっている(
韓国における漢字を参照)。
また、
北朝鮮や
ベトナムのように、漢字使用を公式に止めた国もある。しかし、漢字は使わなくなっても漢字とともに流入した語彙が各言語の語種として大きな割合を占めている。また漢字音は地域・時代によって変化し、地域により発音が違う。しかしながら、淵源となる
中古音から各地域の
音韻変化に従って規則的に変化しているため、類推可能な共通性をもっている。また地域により発音が違う場合でも同じ字で表すことができるため、国境を越えて漢字を使った
筆談でコミュニケーションをとることもある。字形の複雑さから、手書きする場合には、書き間違いや省略などによって字体は場所と時代によって少なからず変化してきた。そうして変化した字体のうち、ある程度の範囲に定着した
俗字が各国において正字に選ばれ、字形に微妙な差異が見られる場合がある。また地域音や地域特有の字義を表すための
国字・
方言字や
異体字も多く作られてきた。日本の「国字」(
和製漢字)もその一種である。
漢字の数
中国語の
音節の数は、現代
普通話の場合、
声調の組み合わせを考えても、1600種未満であり、音節文字であれば、これだけの文字種があれば足りる計算になる。しかし、同音異義の語を、部首を付けるなどの手法を用いて区別する漢字は、5000種前後が同時代的に使用されてきた。これに、時代の変遷による字体の変化、同じ字音、字義を表す異体字、地域変種などを加えて整理すると、簡単に1万を越す漢字が集まることになり、歴代の
字書は、時代が下るにつれて、多くの漢字を集め、
1994年の『
中華字海』に至っては、85,568字を収録している。
字形
書体
文字は書く道具、書かれる媒体、書く速度、書き方などにより字形の様式を変えることがある。この様式の違いが文字体系全体に及ぶ場合、これを
書体と呼ぶ。現在、使われている漢字の書体には
篆書・
隷書・
草書・
行書・
楷書の五体があり、楷書の印刷書体として広く使われているものに
明朝体がある。その歴史的な展開は以下のようである。
伝承によると、中国における文字の発祥は、
黄帝の代に
倉頡(そうけつ)が砂浜を歩いた鳥の足跡を参考に作った文字とされる。また『
易経』には
聖人が漢字を作ったと記されている。考古学的に現存する最古の漢字は、
殷に於いて
卜の結果を書き込むための使用された文字である。これを現在
甲骨文字(亀甲獣骨文)と呼ぶ。甲骨文以前にも文字らしきものは存在していたが、これは漢字と系統を同じくするものがあるか定かではない。当時の卜は
亀の甲羅や
牛の肩胛骨などの裏側に小さな窪みを穿ち、火にあぶって熱した金属棒(青銅製といわれる)を差し込む。しばらく差し込んだままにすると熱せられた表側に[卜]型の亀裂を生じる。この亀裂の形で吉凶を見るのであるが、その卜をした甲骨に、卜の内容・結果を彫りこんだのである。
現在存在する中での最古の物が紀元前1500年ごろの物であるが、これらは既に現在の漢字の書体に似通っている部分が見受けられ、非常に発展したものであり、おそらくはこれ以前から発展の経路をたどってきたものと見られる。
その後、
青銅器に鋳込まれた
金文という文字が登場し、次代の
周に引き継がれ、更に周の混乱により各地で独自の発展をすることになる。
その後意味・字形ともに抽象化が進み、
春秋戦国時代になると地方ごとに通用する字体が違うという事態が発生した。そして天下を覇した
秦の
始皇帝が字体統一に着手、そして生まれたのが
小篆である。秦は西周の故地を本拠地にしたのであり、その文字は周王朝から受け継がれたものだったため、その系統性が保持されたといえる。
現在、
書籍や
コンピューター文書などの印刷に使用されている漢字の書体は
明の時代に確立された明朝体が中心である。この起源を遡ると、
後漢末期に確立された
楷書に行き着く。
字体
漢字は点や横棒、縦棒などの
筆画を組み合わせて造られている。ある漢字が他の漢字から区別される筆画の組み合わせを
字体と呼ぶ。
構成要素
漢字は、
筆画、
筆順、
偏旁、偏旁の配置構造という構成要素をもつ。この構成方法の違いによって一つの
字体を形成する。漢字は点や線で表される筆画の組み合わせで作られるが、必ずしも一字一字が形態として独特であるわけではなく、複数の漢字に共通の部分が存在する。これを
偏旁といい、
偏(へん)・
旁(つくり)・
冠(かんむり)・
脚(あし)・
構(かまえ)・
垂(たれ)・
繞(にょう)などの呼び名が、字の構成上の位置などに基づいて、これらの共通部分に与えられる。
非常に単純な構成の漢字を除けば、多くの漢字はこれらの共通部分を少なくとも1つ、含んでいる。また、共通部分は、場合によってはそれ自体が独立した文字としても存在している場合もある。
これらの内、一部の共通部分は
部首と呼ばれ、漢字の
分類、
検索の手がかりとして重要な役割を果たす。
造字構造
日本の
国字は、それぞれの部首が本来持つ意味を解釈して新たに組み合わせて、会意に倣って作られたものが多いといわれる。
異体字
漢字には同じ語を表すのに異なる字体を用いられる場合がある。例えば、「からだ」を意味する「タイ」という音をもつ漢語には「體」「体」「軆」「躰」という何通りかが当てられるが、これらは同じ漢字の異なる字体とされる。
上記のように、互いに同じ意味と音を表しても字体を異にする字を異体字と呼ぶ。異体字のあいだで、正式に用いられる字体を正字または本字と呼ぶ。本字の認定は時代や国によって異なっている。一方、民間で広く使われているが、正字とは認められない異体字を俗字と呼ぶ。また正字を簡略化しでできた異体字を略字と呼ぶことがある。
戦後、中国でも日本でも漢字改革が行われ、異体字間でも簡単な字体を正字としたり、新しく簡略化した字体を造ったりした。中国では字形の複雑さを基準にもとの正字を
繁体字、簡化された字体のものを
簡体字と呼んでいる。簡体字は1956年の「漢字簡化方案」公布以降、正式に用いる字体として選ばれている。一方、日本では1946年の「当用漢字表」と1949年の「当用漢字字体表」で簡略化された字体を定め、以後、使用してきた。このため「当用漢字表」以後に用いられた字体を
新字体、それ以前に用いられた字体を
旧字体と呼んでいる。繁体字・旧字体と、簡体字・新字体とは「體」と「体」、「萬」と「万」のように全く字形の異なる俗字を採用したものもあるが、「聲」と「声」、「醫」と「医」のように一部を使ったものや、「學」と「学」のように一部の字形が変形されたものが多い。なお繁体字と旧字体はほとんど同じ字体であるが、簡体字と新字体は、それぞれの国で独自に簡化したため字体が異なるものが多い。
字書
字形の分析は
許慎の『
説文解字』に始まる。ただし、そこで求められていたものは字の本義を探ることであり、古典解釈学のためであった。しかし、その
部首法や六書、古字・異体字の分別など後世に大きな影響を与えている。このような字形によって分類された辞典を
字書という。『説文解字』は540部首で小篆9,353字及び重文1,163字を扱っている。『説文解字』を発展させたものに
梁の顧野王の『
玉篇』がある。『玉篇』には
反切による字音情報が付けられ、542部首で12,824字を扱っている。『玉篇』は日本での字書の成立に影響を及ぼしている。
こういった本義の研究を重視した字書に対して、検字という実用的な目的から部首法を発展させた字書が現れるようになった。その濫觴は
遼の僧侶行均の『
龍龕手鑑』(りゅうがんしゅかん)であり、『説文解字』が篆書に従って部首を立てたのに対して、
楷書体の字形によって部首を立てなおし、字形を字源から切り離して記号として扱い、さらに部首字を
声調によって4巻に分けることがなされている。『龍龕手鑑』は240部首で26,430余字を扱っている。その後、
金の韓孝彦・韓道昭によって『
五音篇海』が作られた。その特徴は部首字を
五音三十六字母と
声調によって配列したことであり、また部分的にではあるが旁の
筆画数順に字が並べられている。444部首で54,595字を扱った。
明の
万暦43年(
1615年)梅膺祚(ばいようそ)によって作られた『
字彙』はその後の字書の規範となる画期的な字書であった。部首の統合整理を行って214部首で33,179字を扱い、部首字及び各部首に属する親字を筆画数順に配列したのである。その方法は214部首49,000余字を収録した清の『
康熙字典』に継承された。
字音
構成
漢字1字は中国語の1
音節を表す。中国語の音節構造は「(子音)+母音+(子音)」である。現代の中国語では
英語のように多重子音はない。また母音は3重母音まである。
中国の伝統的な音声言語学である
音韻学の分類では、語頭子音・ゼロ子音を
声母
、母音または母音+語尾子音を
韻母という。さらに、中国語は1音節の音の高低で意味を区別する
トーン言語であり、この音の高低の違いを
声調という。つまり、漢字音は「声母」「韻母」「声調」(略して声・韻・調)の三つの要素によって構成されると考えられた。
字音研究史
古代の漢字音の情報は、詩など韻文にある
押韻や漢字を韻母別に分類した「
韻書」によって得られる。
最古の韻書は
3世紀の『声類』とされているが、散逸しており、詳細は不明である。広く一般に通用した最初の韻書は
7世紀の韻書『
切韻』である。それ以前の漢字音は『
詩経』の押韻などを元に復元が試みられており、
上古音と呼ばれる。中国の字音は、この、上古音、『切韻』に代表される
中古音、
14世紀の韻書『
中原音韻』に代表される
近世音、及び現行の
現代音に分類されている。
古代漢字音復元の基準とされているのは中古音であり、日本の漢和辞典にも反切や詩韻で中古音が示されている場合が多い。
反切とは韻書や古典の注釈書で使用されている漢字音表記法で、前の漢字の声母と後ろの漢字の韻母と声調を組あせて表記する。たとえば「漢」は「暁翰」、「字」は「従志」であり、「漢」は「暁」の声母と「翰」の韻母と声調を、「字」は「従」の声母と「志」の韻母と声調を組み合わせた音であったと推測される。
反切の声母の代表として使う漢字を
字母と呼ぶ。字母は
五音にもとづき
唐では三十字母、
宋では
三十六字母が整理された。韻母に関しては『切韻』を宋代に増補改訂した『
広韻』では
二百六韻が韻目に立てられたが、時代や地域を無視してたくさん作られていると言われている。その後、
金の王文郁の『平水新刊韻略』が立てた
平水韻106韻がその後の
漢詩の押韻にとっては規範とされた。
また漢字のほとんどが形声文字であり、それは通常、左側の偏や上側の冠を意符、右側や下側の旁を音符とするが、宋代以降、旁にあらわされている字音こそが基本義を表しているのだとする「
右文説」が唱えられた。
20世紀に入り、スウェーデンの言語学者
ベルンハルド・カールグレンや日本の
藤堂明保が上古音の声母の分類による単語家族の語源分析を行っている。
字義
字義の特徴
漢字1字は大体において1つの
形態素を表す。これは古代中国語の1音節が1形態素を表すためである。ただし、古代中国語のなかでも
外来語や
オノマトペには2音節1形態素の構造をもつものがあり、これを連綿語という。連綿語は意味は一つであるが、音節数に従って漢字二字が当てられる。たとえば葡萄・琵琶・彷彿・恍惚などがある。この場合の一つの漢字はもう一つの漢字と区別されるような一つの意味をもたず、
表音文字的な要素が強い。逆に1音節2形態素を表す語もある。これはもともと二つの音節であったものが縮約されて1音節になったものである。これを縮約語といい、漢字1字が当てられる。たとえば之於(シオ)→諸(ショ)、不可(フカ)→
叵(ハ)、而已(ジイ)→耳(ジ)などである。この場合、一つの漢字に二つの意味があることになる。
単語がその意味を歴史的・地理的に変化させるのと同様、語を表している漢字はその字義を歴史的・地理的に変化させている。
字義研究史
字義は本義・引申義・仮借義などに分けられて分析されてきた。字義を研究する中国伝統の学問は
訓詁学である。
本義とはその字がもつ基本的な意味である。歴史的に考察すれば語源ということになる。本格的な本義研究は
後漢の
許慎『
説文解字』に始まる。その方法は字形から本義を探るというものである。これを
形訓とも呼ぶ。六書という造字法が本義分析に大きな役割をはたした。それは20世紀甲骨文字の研究に際しても大きな役割を果たしている。また後漢末、
劉煕の『釈名』は、本義を音声に求めた。これを
声訓という。たとえば「日(ジツ)は実(ジツ)である。光輝いて充実しているからである」「月(ゲツ)は欠(ケツ)である。満ちて欠けるからである」といったものである。声訓の方法論は宋代以降の「右文説」や20世紀カールグレンや藤堂明保の音声による語源分析に発展していった。
引申義とは、本義から引き伸ばされて、つまり派生してできた意味である。たとえば「長」の本義は長短の意味で距離的に「ながい」ことを表すが、引申されて長久の意味、時間的にながいことも意味するようになる。さらにそれは植物の生長の意味に引申され、さらに人間の成長を意味するようになり、長幼の区別を生じ、長老、首長へと引申されていったと考えられる。引申義の研究は、現代の語彙研究に相当する。それは古典の注釈で使われて訓詁学から発展し、
前漢には
同義語を分類した『
爾雅』という書物にまとめられ、これにより古語や俗語などが系統的に整理された。また
前漢の
揚雄は『方言』を著し、同時代の地域言語を列挙して共通語でまとめている。
仮借義(かしゃぎ)とは、ある語を表すのに同音または音が近い字を借用することを
仮借(かしゃ)というが、字義のなかで仮借によってできたものをいう。たとえば「求」の本義は「かわごろも」であるが、「もとめる」の意味をもつ同音語に仮借された。やがて「もとめる」の方が基本義となってくると本義は「裘」という別に漢字を作られるようになった。仮借は『説文解字』の六書で用字法の一つにあげられたものである。これにより字義に本義と全く関係のないものがあることを説明できる。
文字の体系
漢字とは由来を異にする、漢字に似せた文字を「擬似漢字」(
契丹文字、
女真文字、
西夏文字など)、漢字に由来する文字を「派生漢字」(
仮名など)と呼ぶことがある。
国製漢字・派生文字
直接的に漢字に由来しない周辺地域の文字
漢字文化圏
日本
中国文化の影響をうけたベトナムにも漢字が伝わって、用いられるようになったが、近代に入り
フランスの植民地になって以後、中国文化圏から切り離されて漢字ではなく「
クオック・グー(国語)」と呼ばれるローマ字が使用されるようになった。現在では漢字はほとんど用いられていないが、
ベトナム語の単語には漢語の影響が多く残る。
国文学を専攻した者であれば、漢字を解する可能性がある他、漢字廃止以前に出生した高齢者の中にも漢字を解する人がいる。
北朝鮮では、漢字を廃止して、朝鮮語用の文字であるハングルだけが用いられている。ただし、
漢文教育は、厳格に実施している。
東アジアにおける漢字統一の動き
日本、中国大陸、韓国、台湾の学者たちは1991年、各国において異なる漢字の字体を統一しようと、常用漢字の字数を定め字体の標準化を図る「
国際漢字会議」を旗揚げした。しばらく大きな動きはなかったものの、2007年11月北京で開かれた会議では、正字を中心として、5,000〜6,000字の字体を統一した「標準字」を定めていくことで合意した。
しかし、中国政府はこの合意に対して消極的な姿勢を示し、政府の簡体字推進政策は不変であると強調した。中国政府の教育部は同11日、「(今後も中国政府は)世界の漢字普及の上で主導的な立場にある」と表明し、5000字の中に繁体字が入ったとしても、それに対応する簡体字があればそちらを引き続き使い続けると述べた。
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