歴史
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1982年(昭和57年)9月27日 沖縄都市モノレール株式会社設立。
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2003年(平成15年)8月10日 沖縄都市モノレール線 那覇空港 - 首里間が開業。
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2004年(平成16年)8月10日 開業一周年を記念し、本社内に「ゆいレール展示館」がオープン。
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2005年(平成17年)4月1日 1日乗車券などのフリー乗車券を値下げ。
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2008年(平成20年)7月1日 - 開業五周年を記念し、「休日100円切符(休日の1駅区間限定で通常200円の運賃が100円になる切符)」を発売。
路線
車両
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1000形(旅客車両)
- MB-1・2(作業用車両)
運行設備等
- 運行保安装置はATCを採用し、制限速度の確認はATCの信号により速度メーター近くの表示機で確認する車内信号式。
- 運行は手動のワンマン運転で、ATOによる自動運転ではない。
- 駅舎は3両編成、軌道は4両編成まで対応。
事故等
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2003年
8月10日 - 乗車していた子供が扉に手を挟まれたところを近くにいた大人がこじ開けて助けたものの、その際に過度の負荷が保安装置のレバーにかかったために曲がり、しばらく走行した後保安装置のスイッチが完全に接触しなくなり、古島駅とおもろまち駅の間で保安装置が作動して緊急停車し、乗客は車内に約1時間閉じ込められた。開業当日のトラブルであったこともあり、翌日の地元紙では1面すべてを使い果たしたという。
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2005年
5月9日 - 同日午前7時32分、下り列車(首里方面)が美栄橋駅で停車したものの、ドアを開けずに発車した。乗客4人が美栄橋駅で降りることができずに、次の牧志駅で下車し、そのほとんどは上り列車(那覇空港方面)に乗り換えて美栄橋駅まで戻ったが、中にはタクシーで直接、目的地へ向かった人もいたという。
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2007年
3月8日 - 同日午前6時28分、首里駅にあるポイント(方向切替え装置)が動作せず、上下4本が運休になった。6時50分よりバスによる代替運送を行い始めた。その後7時20分に回復し、8時6分には通常ダイヤに戻った。この事故で400人の乗客に影響があった。ポイントに関する事故はこれで4回目(首里駅:3回、那覇空港駅:1回)。
これらのほかにも、モノレールに乗車する際、子供がホームと車両の隙間から落下する軽傷事故が起きている。
また、配線の関係で事故が起こった場合のための、折り返すために必要なポイント(方向切替え装置)が首里駅と牧志駅、那覇空港駅に設置されており、途中駅間(那覇空港 - 牧志間、牧志 - 首里間)での折り返し運転も行えるようになっている。2007年10月21日に
儀保駅付近で行われた
不発弾処理のため、朝8時頃 - 処理完了までゆいレール史上初の那覇空港 - 牧志間での折り返し運転が実施された。
経営状態
2003年8月から
2006年7月末までに3659万947人が利用し営業収益は年々上昇するも、開業にあたり借り入れた320億円あまりの償還及び車両・設備などの減価償却費のため
2005年度の経常損失は16億5965万円、純損失は16億8360万円と赤字になっており、そのため那覇市議会は、モノレール基金13億1250万円を取り崩し、無利子貸し付けする方針を採択。貸付金はそのまま、沖縄振興開発金融公庫からの長期借入金の償還に当てられることになり、有利子負債の圧縮に成功するも、固定資産税の減免措置は検討中のまま据え置かれるなど、財政基盤は未だきわめて厳しい状況に置かれている。
沖縄自動車道への接続を目指し、延伸計画が持ち上がっているが財政再建とあわせて審議されることとなる。
運賃
大人普通旅客運賃(小児半額・10円未満切り上げ)。2003年8月10日施行。
関連項目
脚注
外部リンク
社
出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)