略歴
1992年
10月、両親に呼び戻されて1年半の留学生活を終え、帰国。同時に、「モデルをやりたい」という自らの意思で
東京の大手モデルプロダクション・
エリートフォリオと契約。契約直後から、地元の鹿児島で本格的にモデル活動を始め、雑誌でも度々掲載される。
2003年、プロ野球選手・
佐々木主浩と共に、
ベストフォーマリストを受賞。同年、舞台『法王庁の避妊法』、『またも辞めたか亭主殿』、『年下の男』、一人二役を演じた『ブルーもしくはブルー』など、舞台やドラマの多方面でも幅広く活躍した。
人物
家族構成は、両親・弟・祖母の5人。「泉」という名前の由来は、何時までも美しく育って欲しいという両親の願いでこの名前がつけられた。また、ひらがなに直した理由は、その方がやわらかい感じがすると考えたため。
小学4年生から始めた剣道と、テキサス大学への留学とで積極性とポジティブ・シンキングを身に付けたと自身は語っている。その性格から、上京した際には
タウンページで調べたモデルクラブに片っ端から電話をかけて面接を受けたというエピソードも生まれている。また、女優に転身する際にも再びタウンページで芸能プロダクションを調べ、現在の所属先であるバーニング・プロダクションに飛び込みで面接を受けに行って採用されるに至る。本人から直接売り込みを受けたことは同社始まって以来の出来事だったという。
剣道初段の段あり。剣道を習い始めた理由は、元々喉が弱く、隣のお兄ちゃんが剣道をしていて体験した所、面白くて嵌ったらしい。しかし、女子が少なく一人で休憩時間を過ごしていたときもあった。
昔、「稲森いずみのシークレットライブ」と題し、ギターを
モト冬樹が、作曲は
河村隆一、作詞は稲森いずみ本人というメンバーで「For myself」というタイトルで披露していたことがある。青山でライブは行われた。しかし、ネットの限定募集で30人位しか入場できなかった。
バラエティ番組に出演するとき、セオリーを無視するマイペースさと大胆さを披露することがある『
「ぷっ」すま』出演時、
レギュラーの
ユースケ・サンタマリアと
草彅剛が、
江頭2:50と共に狭い部屋に押し込まれ、江頭に唾液を吐きかけられる等の罰ゲームを受け、二人が「エガちゃん嫌い」と声をそろえる中、稲森が「好き〜」コメントしたことで、罰ゲームとしてではなく本人の希望で、江頭のいる部屋に入ることに。全く動じる様子の無い稲森とは逆に、女優と密室に二人きりにされて、江頭は罰ゲーム執行人という立場を忘れ、すっかり狼狽していた。このようなPLAYは、他の番組でも垣間見ることができる。また『
浜ちゃんと』に出演した際には、
浜田雅功と共にアスレチックのテーマパークに出かけ、浜田が怖気づいて挑戦しなかったアスレチックに周囲の心配をよそに自ら挑み、案の定、池に落水するというハプニングが起きた。これには浜田も、女優として見せてはいけない失態を演じさせてしまったと動揺気味だったが、本人にはNG映像という意識も特に無い様子であった。
出演
連続ドラマ
- 1994年
- 1995年
- 1996年
- 1997年
- 1998年
- 1999年
- 2000年
- 2001年
- 2002年
- 2003年
- 2004年
- 2005年
- 2006年
- 2007年
- 2008年
単発ドラマ
- 1995年
- 1996年
- 1997年
- 1998年
- 1999年
- 2002年
- 2003年
- 2005年
- 2007年
映画
舞台
CM
- 1993年
- 1994年
- 1995年
- 1996年
- 1997年
- 1998年
- 1999年
- 2005年
- 2006年
- 2007年
関連項目
脚注
外部リンク