概要
当市に囲まれるように
ローマ教皇の居住する
バチカン市国があり当市の内側で国境に接しており、そこは全世界の
カトリック教徒にとっての中心地で、現在は外国であるが歴史・宗教・文化的にはローマ市地域と密接な関わりがある。そして昔のローマの大国さを用いた「ローマは一日にして成らず」という諺もある。
2007年現在の人口は約270万人で、イタリアで最も人口が多い都市である。かつての
ローマ帝国の首都で、西洋文明を代表する都市のひとつであり、
カトリック教会の中枢であり、そしてまたその美しさから『
永遠の都』と称される。
紋章
ローマ市の盾形の紋章に書かれている「
SPQR」の文字は、
ラテン語で "Senatus Populusque Romanus" (「元老院とローマの市民」)の略称で、ローマ帝国時代には、領域内のあらゆる地域で公共物に刻まれた。
今日でも、ローマ市内に残るローマ帝国時代の遺跡や当時の建造物の他、現在のローマ市の盾形の紋章に使用されていることから、ローマ市内を走るバスや
タクシー、
マンホールの蓋にも紋章が入れられている。
地理
歴史
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主要記事:Storia di Roma(伊語) History of Rome (英語)
起源
伝説によれば、ローマは
紀元前753年4月21日に
ギリシャ神話の英雄
アイネイアスの子孫である、双子の
ロムルスと
レムスにより建てられた。ロムルスはレムスとローマを築く場所について争い、レムスを殺した。その後、ロムルスは7代続く王政ローマの初代の王となり、またローマの市名の元となったとされる。
考古学的には、この地に人々が居住したのはもっとはやく、ローマの起源は紀元前8世紀もしくは9世紀ごろ、北方からイタリア半島に移動してきた民族が
テヴェレ川河畔に定住したことにさかのぼると考えられているが、恒常的に人が住むようになったのはこの頃らしい。紀元前8世紀にはじまる鉄器時代の遺跡は
パラティーノの丘で発見された。
ローマ帝国
文化の中心地
6世紀以降は東ゴートを滅ぼした
東ローマ帝国や
ランゴバルド王国などのいくつかの
ゲルマン人の王国の支配を経て
フランク王国の
カール1世が征服。『シャルルマーニュの寄進状』によれば
800年にカールにより
ローマ教皇に寄進されたとされるが、この文書は今日では偽書とする見解が優勢である。15世紀半ば以降、
ローマ教皇領の首都として栄え、ローマは
ルネサンス文化の中心地となった。教皇
ニコラウス5世の時代には、城壁の改修、宮殿の建設、教会の修復工事がおこなわれた。おもな芸術家や建築家はローマで活動するようになり、15世紀末にはローマは
フィレンツェにかわってルネサンスの一大中心地となり、
ミケランジェロ、
ブラマンテ、
ラファエロなどの芸術家が教皇のために仕事をした。しかし、1527年、
ハプスブルク家の傭兵軍による、いわゆる「ローマ劫掠」によって、この都の盛期ルネサンスは終わりをつげた。なお、家屋が雑然と密集した中世の都市形態が近代化されはじめたのは、16世紀末の教皇
シクストゥス5世の時代で、ポポロ広場から市の中心部にむかって3本の道路を開き、広場や泉をつくり、フェリーチェ水道を修復した。
サン・ピエトロ大聖堂の丸屋根が完成したのもこの時代である。
対抗改革期のローマを特徴づける
バロック様式は、17世紀の建築物に多くみられる。
ベルニーニやボロミーニのような彫刻家と建築家が、この時代にローマの外観をかえていった。18世紀のローマは、教皇の支配のもとで比較的穏やかな時代をむかえていた。スペイン階段などにみられる18世紀前半の
ロココ様式の建物は、やがて
新古典主義の建物にかわった。1797年
ナポレオン1世はローマを占領し、多数の貴重な美術品をもちさったが、
ウィーン会議ののち、ローマはふたたび教皇領となった。
統一イタリアの首都
ウィーン会議後の
オーストリアによるイタリア支配は独立達成にむけてイタリア人を奮起させたが、援軍とあおいだ
ナポレオン3世によるイタリア占領はイタリア人の反発をまねき、1861年、イタリアの大部分は
サボイア家のもとで統一をはたした。教皇の本拠地だったローマは1870年、
フランス軍の撤退後、
1871年に
イタリア王国にローマ教皇領が併合されイタリアが統一され、ローマは
フィレンツェに代わって統一イタリアの首都となった。
現在
第二次世界大戦後には、
航空機の発達により、
日本をはじめとする
アジアや
アメリカなどのヨーロッパ圏外からも多数の観光客が訪れるようになった。現在は
パリや
マドリードなどと並び、ヨーロッパを代表する観光都市として親しまれている。また、イタリアの首都で
政治や
経済、
文化の中心地的存在であるとともに
カトリック教会の中枢でもあるほか、市内には国際機関や多国籍企業の本拠があり、イタリアを代表する大企業の本社や官公庁が立ち並ぶ世界的に重要な都市となっている。
行政
経済
イタリアの首都であることから、政治・経済の中心地であるが、ローマの経済は基本的に行政と観光によっており、労働者の大半はこの分野と卸売、小売業などのサービス業に従事している。ローマには、イタリアの大企業の本社や多国籍企業の本拠地、
国営放送局(RAI)、大手新聞社などの
マスコミの本社、在外公館が集中し、また
国連食糧農業機関(FAO)、国際農業開発基金(IFAD)、
世界食糧計画(WFP)の本部がおかれている。
観光
古代ローマ遺跡
広場・公園
教会
宮殿
美術館・博物館
その他の建造物
市内の他の場所
バチカン市国内の観光名所
文化
スポーツ
ローマが舞台の映画、小説、音楽
交通
市内・郊外
イタリア国鉄(トレニタリア Trenitalia)のローマ駅(ローマ・
テルミニ駅)が市の中心駅である。市内の交通はローマ市の運営するバス網が中心である。イタリアの他都市同様、バスの乗車券は乗車前にキオスクなどで購入する。また、
ローマ地下鉄が2路線(
A、
B)あり、ローマ・テルミニ駅や、チネチッタなど郊外を結んでいる。他にも
タクシーが安価な交通手段として多用されている。
長距離
長距離交通は、テルミニ駅を発着する長距離列車のほか、時速300キロで運行されている
ユーロスター・イタリア(ES*)などの高速鉄道、航空便や高速道路を使用する長距離バスなどで結ばれている。
なお、日本を含む長距離国際線と
EU内国際線、国内線は
フィウミチーノ空港(レオナルド・ダ・ヴィンチ国際空港)を使用し、EU内国際線と国内線は主に
チャンピーノ空港(ジョヴァン・バッティスタ・パスティーネ空港)が使われる。フィウミチーノまではテルミニ駅から直通列車「Leonardo Express」が運行され、所要時間は30分ほどである。
日本から
その他
姉妹都市
出身著名人
関連項目
外部リンク
- 公式
- 日本政府
- 観光
- その他
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