歴史
社名に個人名を付けたのは堀威夫の項目にある通り東洋企画の分裂劇で追われたために自らの会社である事をアピールする為であったという。今でこそ
女性タレントの活躍振りが目立つが、この事務所の設立初期は「僕は泣いちっち」や「有難や節」でヒットした
守屋浩(現在は同社
スカウト部長)を売り出していた。
ホリプロダクションに事務所名を改名後は
舟木一夫や
ザ・スパイダースの活躍により、業界では優良な芸能事務所として知られるようになった。
1970年代中頃〜後半には
山口百恵らの活躍により、事務所名が一気に
茶の間に知れ渡ることになる。この時点で堀威夫が目標とし、かつ最大のライバル事務所であると語っていた
渡辺プロダクションに次ぐ勢力となった。(堀の自伝によればミュージシャン時代一時期ナベプロにマネージメントしてもらっていたがやがて決裂したという因縁があったという)。その後、女性タレントの育成・養成に力を入れる一方、
お笑いにも進出した。
芸能人のマネージメントの他にも、TV番組・音楽・映画・舞台公演・ネットコンテンツなどの自社制作やキャラクター版権管理も行っている。
特徴
同社の広告・ポスター等で所属芸能人の名前を書くときは、現在は必ずと言って良いほど
和田アキ子が一番上に来る(先輩であり創業時より在籍する守屋浩等が一番上に来ることもある)。
基本的には給料制で、和田アキ子でさえ
長者番付(現在廃止)に載らないくらいともいわれている。「
行列のできる法律相談所」で
くまきりあさ美が「ウチの事務所は給料制で、私の給料は2桁台(10万円台)で保険で1万円引かれると1桁になってしまう。」と語った。浮き沈みが極めて不安定な芸能界において
固定給制度のせいか長期間同社に在籍するタレントが多く四十年以上在籍した故
鈴木ヒロミツや三十年以上在籍した和田の他にも長年所属しているタレントが同業他社と比較し多いのが特徴である。業界に於ける
ホリプロの影響力は非常に強く、給料制であることを差し引いても所属
タレントには様々なメリットがあると言われている。
どんぶり勘定も少なくない芸能事務所において会計歳入歳出の管理に非常に厳格である事で知られている。なお若手女性タレントの恋愛そのものに関して寛容であり(ただし自己責任で済ます様厳しく注意されるという。)「彼氏の一人も作れないほど魅力のないタレントが皆の支持等得られない。」などという方針が一部にあるといい原則的に若手女性タレントの恋愛体験談などは一部のアイドル事務所とは異なりNGにはなっていない。
お笑い育成
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1990年初頭、お笑いブームの影響とアイドルの衰退の影響があったこともあり、お笑い芸人の育成を強化するために、お笑い勉強会を開設した。事前のオーディションで合格すると、無料で週一回のホリプロの勉強会に参加できるようになる。
- 勉強会では、まず最初にネタ帳の提出をしなければならない。その後、ホリプロのお笑い担当の幹部にネタ見せをする。上層部のOKが出ればその中で何組かがライブへ出られる。
- 勉強会はお笑い養成所の中でトップクラスの厳しさを誇る。参加者に対して「帰れ!」「辞めてしまえ!」など厳しい怒声が飛ぶことは日常茶飯事で、ときにはネタ帳を破り捨てられたりすることもあったという。(おぎやはぎが『ごきげんよう』で暴露)
- 礼儀にも厳しく、遅刻すればネタを見せられないという罰則がある。
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2002年4月には、ホリプロのお笑い芸人養成学校として「目黒笑売塾」が開校された。
関連プロダクション
- ホリプロ・ブッキング・エージェンシー・・・俳優中心のマネージメントを行う。
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ホリプロコム・・・2003年設立。ホリプロ本体所属のお笑い芸人を、移籍したM2カンパニー所属のお笑い芸人とともに当該会社に統合する。
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新音楽協会
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ホリエージェンシー・・・モデルエージェンシーとして設立。現在は通常の芸能プロとしての営業がメインとなっている。
- ホリプロ・エンターテイメントグループ(HoriPro Entertainment Group, Inc.)・・・海外の音楽版権ビジネスを中心に行っている。
関連項目
参考文献
- 「ホリプロの法則。」
- 「ホリプロマネージャー物語。」
- 「いつだって青春ホリプロとともに三十年。」堀威夫著。
外部リンク
グループ会社
その他
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