14世紀以降ブルガリアは
オスマン帝国の支配をうけたので、再び
トルコ人との混血が進み、彼らの用いるブルガリア語にも
トルコ語からの借用語彙が多くなった。
19世紀後半からブルガリア人は自立に向けて動き出し、
20世紀には自らの独立国を打ちたてた。だが、同じスラヴ系の「
マケドニア人」との境界は今なお曖昧で、現在
マケドニア共和国でマケドニア人として扱われている一部の人物は、ブルガリアではブルガリア人として扱われているという事例もある。
出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)