ブリジット・バルドー(Brigitte Bardot、
1934年9月28日 - )は
フランス・
パリ出身の
女優である。頭文字が B.B.(フランス語では「ベ・ベ」と読む)であることから、同じ発音で「赤ん坊」を意味するフランス語 bébé(英語のbabyに相当)とかけて「
BB」が愛称になった。
来歴
パリ16区の会社経営者および重役職にあったきわめて富裕な両親のもとに出生、幼い頃からダンスやバレエを習う。
雑誌のカバーガールをしていたときにかねてより実家に出入りがあった
ロジェ・ヴァディムの進言で女優を志すようになった。なおヴァディムとは18歳のときに結婚するが、後年離婚。
歌手としての活動もあり、
1967年には
セルジュ・ゲンスブールの提供による『Harley Davidson』(「ハーレイ・ダビッドソン」)、『Je t'aime... moi non plus』(「
ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」)、『Bonny and Clyde』(「ボニーとクライド」)などを歌った。当時ギュンター・ザックスと結婚していたバルドーは、ゲンスブールと不倫の関係にあったが、『ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ』はそれを露骨に示す。この歌はバルドーとゲンスブールの
デュエットに加え、バルドーによるあえぎ声の演技を含んでいる。そのことからバルドーはこの歌のリリースを拒否、ほどなくゲンスブールとの関係も円滑でなくなり男女関係解消。
1973年の『ドンファン』を最後に新たな演技・歌手などの芸能活動をしておらず、芸能人としては事実上の引退状態。現在は動物愛護運動家(特に
毛皮反対運動・
犬の愛護・保護)として活動している。
エピソード
同じ世界のセックス・シンボルとして今も昔も
マリリン・モンローと一緒に話題になるが、NHKBS-2で放映された番組(題名不明。番組内では彼女が昔に出した歌のMVなども紹介された)でのインタビューで、バルドーは『みんなモンローかバルドーかって言うけど、私がマリリンのファンなのよ。でも、影響を受けたとかマネしたことは一度もないわ。だって、私なんて彼女の足元にも及ばないんですもの。』と語っている。自伝「イニシャルはBB」でも、エリザベス女王への謁見の時にバッキンガム宮殿の化粧室でモンローと1度だけ会った思い出(写真はない)やモンロー死去の報を聞いた時の大きなショックのことなどが詳細に綴られている。
動物愛護運動家としてのバルドーとその逸話
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1984年に『ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ』のリリースを認めたときも、「売り上げは動物愛護団体に寄付する」という条件をつけた。
- とくに毛皮(使用・製造・販売者や肯定派の者)に対しては何人たりと容赦がないことで有名。
- 神田うのの毛皮ブランド「コスタ・モーダ・ウノ」を2000年に立ち上げの際公開質問状を出し抗議。
- 初夫にして芸能活動における”最大の恩人”で毛皮肯定派だったヴァディムにも容赦ない抗議・非難を浴びせている。
- バルドーが自身の自伝『イニシャルBB』の映画化の権利(プロデュース・主演)を認めたマドンナに対しても例外でなかった。
- 1999年にはフランスの雑誌に、中国の江沢民に宛てた手紙を書いた。内容は、中国で媚薬のために熊や虎、サイが殺されており、それに抗議するというものであった 。
主な出演作品
映画
- ビキニの裸女 Manina, la fille sans voile (1952)
- 夜の騎士道 Les Grandes manoeuvres (1955)
- この神聖なお転婆娘 Cette sacrée gamine (1956)
- 素直な悪女 Et Dieu... créa la femme (1956)
- 殿方ご免遊ばせ Une parisienne (1957)
- 可愛い悪魔 En cas de malheur (1958)
- 私の体に悪魔がいる La Femme et le pantin (1959)
- 気分を出してもう一度 Voulez-vous danser avec moi? (1959)
- 私生活 Vie privée (1962)
- 軽蔑 Le Mépris (1963)
- ビバ!マリア Viva María! (1965)
- セシルの歓び À coeur joie (1967)
- 世にも怪奇な物語 Histoires extraordinaires (1968)
- ラムの大通り Boulevard du rhum (1971)
- ブリジット・バルドー/ドンファン (1973)
脚注
関連書籍
- 「ブリジット・バルドー自伝 イニシャルはBB」(ブリジット・バルドー著、渡辺隆司訳)
外部リンク
出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)