また、
都市伝説として広まった藤子Fによらない創作の最終回も多数存在し、インターネットを通じてさまざまなバリエーションのものが公開されている。本項ではこれらについても言及する。
概要
結論は、
- 「ドラえもんの最終回」は実在する。市中に流布している都市伝説とは無関係な真正エピソードである。
- 理由
- 未完である『ドラえもん』に最終回が存在する理由の一つは、かつて連載されていた雑誌が学年誌(小学館の小学○年生)であり、当時ドラえもんは『小学五年生』には掲載されておらず、また、当該雑誌は基本的に一年間しか読まれないからである(小学○年生3月号の読者は翌月は進級し、一学年上の学年誌を読みはじめる)。つまり小学館は、ドラえもんを読むのは最後となる『小学四年生3月号』読者への配慮として『最終回』を掲載する必要があったのである。
- *実際に当時の他の学年誌連載作品でも、毎年4月号には新たに購読を始める新学年生のために『第1話的』な内容を書き、年度末の3月号には『最終回的』な内容の物語を掲載することが慣例的に行われていた。
- 無論、『最終回』が掲載された翌月の『小学四年生4月号』(新四年生が読み始める)には、通常通りドラえもんが掲載されるため、本来的な意味での最終回とは異なる。
- 当初はこのような事情もあって最終回を執筆した藤子であったが、後に『小学五年生』・『小学六年生』にも連載が拡大されたことや、単行本が発売されたこともあり、ドラえもんについてはこの趣旨に則って書かれた最終回は2本だけで、以後は3、4月号ともに通常のエピソードを掲載するようになった。
- またこの結果、二本目の最終回を読んだ読者は、『小学六年生』からまた読めることになった(『小学五年生』購読の一年を空けて)。そのため『小学五年生』3月号で、ドラえもんがのび太の元へ帰ってくるという1ページ漫画が掲載された。
- また、2006年9月1日の「ドラえもん誕生日SP」でも、ドラえもんが引退するかもしれないというストーリーが放送された。なおこの話は下に示すものとは違い、「ションボリ、ドラえもん」(てんとう虫コミックス24巻)と「ハツメイカーで大発明」(てんとう虫コミックス30巻)の2つを原作にしている。
藤子・F・不二雄による最終回として描かれた作品
- 『小学四年生』1971年3月号(てんとう虫コミックス未収録)
- ドラえもんによると「未来からの渡航者たちのマナーが非常に悪く、過去の人間に迷惑をかけないために過去への渡航が禁止となり、ドラえもんも帰らねばならなくなった」のび太は泣いて止めるが、否応なしにドラえもんは未来へと帰っていったというストーリー。
- 『小学四年生』1972年3月号(同上)
- のび太が自転車に乗れない事でドラえもんに道具を出してもらいに行ったところ、ドラえもんが未来へ帰らねばならなくなったというストーリー。帰る理由は、ドラえもんに頼りっきりののび太の自立心を養うため。のび太は泣いて止め、困ったドラえもんとセワシはのび太にウソをついて帰ろうとするが、のび太がそのウソを素直に信じ、ドラえもんのために我慢すると言ったので、感激したドラえもんは正直にのび太に告げて、のび太もそれを受け入れてドラえもんは未来へと帰っていった(これがドラえもん (1973年のテレビアニメ) の最終回のもととなった)。なお、この最終回には後日談があり、後述する通り1973年4月号より『小学六年生』にも連載が拡大されたため、その前月に当たる『小学五年生』1973年3月号に、再びドラえもんがのび太の元に帰って来るという形式の予告漫画が掲載されている。
この二つは連載雑誌が学年誌で読者が進級後に購読する『小学五年生』にはドラえもんが連載されていなかったため、年度末に最終回としただけであり、翌年度の『小学四年生』には『ドラえもん』が引き続き連載されている(1年後の
1973年3月号には最終回は掲載されていないのは、
1973年4月号より『小学五年生』『小学六年生』にも連載が拡大されたためである。同年4月からアニメ第1作が放映されることが決まっていたためという説もあるが。なお、上記二つと同様のケースに当たるはずの『小学四年生』1970年3月号掲載の「けんかマシン」(
藤子不二雄ランド1巻収録)は最終回的な話ではない)。
下記に記載した3本目の最終回は、一般には一時は本当に最終回になる予定のものであったといわれている。
- 「さようなら、ドラえもん」(『小学三年生』1974年3月号(雑誌掲載時のタイトルは「未来の世界に帰る」)・てんとう虫コミックス6巻に収録)
- いつもの通り、ジャイアンにいじめられて帰ってきたのび太。ドラえもんに甘えるが、ドラえもんは未来に帰らなければいけなくなったとのび太に告げる(理由は不明)。最初は泣いて引き止めたのび太だが、パパとママに説得されてこれを受け入れ、最後の夜に二人で夜の散歩に出かける。涙をみせまいとしたドラえもんと途中で別れたのび太は夜中に寝ぼけて徘徊するジャイアンに出会い、喧嘩になる。ジャイアンに何度も何度も倒されるが、ドラえもんに頼ることなく自分がしっかりしないとドラえもんが安心できないと、必死でジャイアンにつかみかかり、ついに最後には自分の力のみでのび太はジャイアンに「悪かった、おれの負けだ、許せ」と言わせる。そこに駆けつけたドラえもんはボロボロになったのび太を担いで家に帰った。眠るのび太の横顔を涙ながらに見守っていたドラえもんは、朝の陽光が差すときにはもういなかった……。
1997年に
テレビ朝日系で放送されていた歴史バラエティ番組「
驚きももの木20世紀」内で、当時の小学館の担当者が経緯を説明したところによると、この話は前年にアニメ第1作が終了したことや作者が新しい連載(『
みきおとミキオ』など)を抱えていた事情などがあり、一時期は本当の最終回にするつもりで構成したものの、次の作品を考えていても作者はドラえもんの事が頭から離れず、思い直して『帰ってきたドラえもん』を構成、翌月号である『小学四年生』4月号に掲載されてドラえもんは続けられたとのことであった。この二作品を合わせた話が「帰ってきたドラえもん」として
1981年にテレビアニメ化、
1998年に映画化されている。
帰ってきたドラえもん
- (てんとう虫コミック7巻収録、アニメ版は1981年1月3日放送、海外版では未放送)
- ドラえもんがいなくなった後、暗い毎日を過ごしていたのび太だったが、ついに気をとりなおして明るく暮らすことを決意する。外へと繰り出すと突然ジャイアンが現れ、のび太にドラえもんを見かけたという。ドラえもんが帰ってきたのだと思ったのび太は大はしゃぎだったが、しかしその日は4月1日。つまりドラえもんを見かけたというのはエイプリルフール、すなわち四月バカの嘘だったのだ。
- 残酷な仕打ちの嘘にだまされて泣いているうちに、のび太はドラえもんが「ぼくが出て行った後、どうしても我慢できないことがあったらこれを開け」と言って残して行った、ドラえもんの形をした箱を思い出す。これを開ければそのときに必要なものが出てくるというのだ(アニメ版では“使えるのは一度だけ、開封の瞬間が最初で最後”と説明されている)。出てきたのは、しゃべったことが嘘になる、つまり、しゃべったことと逆の事柄が起こる飲み物「ウソ800(うそえいとおーおー)」。これを飲んで、のび太はジャイアンやスネ夫に嘘をついた仕返しをする(「今日は良いお天気だね〜」とのび太が二人に言うと大雨が降り、「激しい雨が降ってきた」と言うと日本晴れになったり)。しかし、仕返しを終えると虚しくなってしまい、「ドラえもんは帰ってこないんだから」、「もう、二度と会えないんだから」と独り言をいう。
- 部屋に戻ると、奇跡が起こった。そこにはドラえもんがいた。ウソ800を飲んでいたので、先ほどの「ドラえもんは帰ってこないんだから」、「もう、二度と会えないんだから」という独り言が嘘になり、「ドラえもんが帰ってくる」、「また会える」ということになったのだ。のび太は「うれしくない。これからまた、ずうっとドラえもんといっしょにくらさない。」と逆さ言葉で再会を泣いて喜ぶのだった。
この話が本来のテレビ朝日版の最終回(本来1本は15分だが、その話のみ1本を15分ごとに分割した30分放送になっていた)になるはずだったが、その後、「最終回にしないで」という反響を呼び、この最終回は幻になった。その後1994年と1997年のスペシャル放送でその最終回になるはずだった話を2回再放送され、映画版でも同時上映作品としてリメイクされた。
なお海外ではこの回だけ放送しない方針を
藤子プロが取り、海外では未放送である。ちなみに同局で
爆笑問題の出ていた単発バラエティ番組で海外の人にも見せた事がある。よく、幻の最終回などとして紹介されているものの、日本では「ドラえもんコレクションスペシャル 春の4」というDVDに収録されており比較的容易に入手が可能である。
アニメ第1作における最終回
このシリーズは2クール52話26週で完結したため、「最終回」が描かれている。内容は、自転車が漕げなかったのび太が泣きながら自転車を漕ぐ練習をするところを、未来の世界から見守るところで物語が終わるというもの。原作において発表された3本の「ドラえもんの最終回」のうち、単行本未収録の1本を映像化したものである。
- アニメ第1作の最終回では、最後の放送だったにもかかわらず、いつもの放送の最後と同じセルで「次回をお楽しみに」というアイキャッチを表示した(前週までは「次週をお楽しみに」)。これはただの手抜きやミスではない。日本テレビ動画再建と続編の製作を、「再びいつかドラえもんを……」という希望を込めて、スタッフたちはあえて、「次回をお楽しみに」との言葉を表示したのである。
- これに対し、アニメ第2作1期では第1話に“ドラえもんが未来からやって来る”という原作第1話のエピソード「未来の国からはるばると」を避け、「ゆめの町ノビタランド」とした。ドラえもんがやってくるエピソードは後に特番で番外編的に描かれた。
ドラえもんの最終回についての都市伝説
1990年代の終わりごろから「ドラえもんの最終回」と称する
チェーンメールが出回り始めた。その中でも最も有名なのが「のび太植物人間説」と「ドラえもんの開発者はのび太説」の2つである。
のび太植物人間説
1986年頃に一時期子供たちの間で流行した
都市伝説であり、このチェーンメールの最終回はそれを少し改変したものである。内容は、「ある日、事故にあって
植物状態になったのび太を、ドラえもんが天国へと連れて行く」というものや、「植物状態ののび太が見ていた夢」「実はのび太は心身障害者で、ドラえもんは彼による作り話(妄想・羨望といった派生型あり)」といったものである。ちなみに、「植物状態に陥った人物のうわ言がドラえもんのヒントになった。よってこのような最終回になった」という話を根拠にしたと推測されている。この最終回の噂はマスコミなどでも大きく採り上げられたため、原作者の藤子不二雄が正式に「流言飛語で根拠のないデマ」・「ドラえもんはそのような悲観的な終わり方にはしないつもりだ」とするコメントを発表する事態となった。
また、同じ植物状態説でも「動かないのび太にドラえもんが自分の全エネルギーを与え、自身の命と引き換えに助けた。その後、のび太が停止したドラえもんを抱きしめ、泣きながら「ドラえもーん」と叫ぶと、垂れた涙がドラえもんに当たった瞬間にドラえもんが復活し、エンディングテーマが流れスタッフロールが出てきてフィナーレ」というハッピーエンドになるものもある。ちなみにこのエピソードは
1991年にアニメ化された『
丸出だめ夫』の最終回ほぼそのままの話である。
ドラえもんの開発者はのび太説
これは、1人のドラえもんファンが「自作の最終回」と明記した上で作成したオリジナルストーリーが、チェーンメールなどにより一人歩きしたものである。「電池切れ説」とも呼ばれる。
- あらすじ
- ある日突然ドラえもんが動かなくなってしまった。未来の世界からドラミを呼んで原因を調べたところ、バッテリー切れが原因だと分かった。しかし、旧式のネコ型ロボット(この場合はドラえもん)のバックアップ用記憶メモリーは耳に内蔵されているが、ドラえもんは既に耳を失っていたので、バッテリーを交換してしまえば、のび太と過ごした日々を完全に忘却(リセット、すなわち消去)してしまうことが分かった。バックアップを取ろうにも方法が分からず、開発者を呼ぼうとするも設計開発者の情報は訳あって絶対に開示されない超重要機密事項となっていた。
- のび太は迷いの末、とりあえずドラえもんを押入れにしまい込み、皆には「ドラえもんは未来へ帰った」と説明したが、ドラえもんのいない生活に耐えられず、猛勉強をしてトップクラスのロボット工学者に成長する。工学者になってからしずかと結婚したのび太は、ある日妻となったしずかの目の前で、努力の末に記憶メモリーを維持したままで修理完了したドラえもんのスイッチを入れる。
- ドラえもんがいつものように「のび太君、宿題終わったのかい?」と言い復活する。ドラえもんの製作者が明かされていなかったのは、開発者がのび太自身であったためだった。
以上があらすじであるが、「のび太は15歳で海外に留学した(飛び級で大学に入ったとすることもある)」、「修理には妻となったしずかが立ち会った」などの脚色が付け足されている場合もある。
- ただし、「2112年ドラえもん誕生」では医者が「もともと耳なんてただの飾りだからね」と言っていたので嘘ということが伺える。
元々のオリジナルストーリー
「ドラえもんの開発者はのび太説」の元になったオリジナルストーリーは、1990年代に学生であった、あるドラえもんファンが作成したものである。彼は自分のホームページ(ファンページ)に、「僕が勝手に考えた ドラえもんの最終回(仮)」と言明し、公開していた。「ドラえもんには、藤子F不二雄先生作の最終回がちゃんとあります」とも明記していた。
当時この学生は太陽電池の研究をしており、そこから思いついたストーリーであった(後述の映画『
ジュブナイル』の山崎貴監督による)。
本人が現在、このオリジナルストーリーの作者であることを積極的に公言しているかどうかは不明であるが、例えば2007年1月の
東京新聞・
中日新聞のコラム内で、彼の氏名や現在の職業は明記されている(その他インターネット検索でも知ることはできる)。
また、
鉄腕アトムの番外編であるアトム今昔物語の中で幼少時代アトムと一緒に過ごしていた貧乏な少年が、大人になって会社を創設しエネルギーが切れてしまったアトムのために私費をなげうってエネルギーチューブを購入し復活させるというエピソードがあり、この話とも関連性が見受けられる。
チェーンメール化・都市伝説化
上記オリジナルストーリーの内容は、その後チェーンメールとして広まった。
オリジナルストーリー作者は、この話がドラえもん最終話として一人歩きすることは全く望んでなかったと思われる。チェーンメール化されていることを知った彼は、自身のページに「このページの文を勝手に引用しないで下さい」「私の知らないところで話が一人歩きしていることに恐怖を覚えています」などのコメントを添えていた。さらにその後「
チェーンメールはまことしやかに流布され、原作に対する権利の侵害、熱心なファンに対する冒涜であり、このような騒ぎになったのは私の責任」だとし、ファンページを閉鎖した。
ただしその後もチェーンメールは真実の確認がなされぬまま流され続けた。
鈴木蘭々などのドラえもんファンの
タレントが、深夜番組などで「最終回は――(のび太発明者説)なんだって」などと語ったこともあり、広範囲に流布した。一部ではこれを真の最終回だと誤解した人もいたという。
オリジナルストーリー作者は、チェーンメール化により非難を受けるなど、非常にナーバスになっていたこともあったとのことである(これも山崎による)。
内容に対する評価
このオリジナルストーリーに、原作の設定との矛盾点を見いだし、批判する見方がある。
- ドラえもんの誕生日は2112年9月3日、しかしのび太は20世紀の人
- 原作に出る高校生のび太は馬鹿なままだ
- 大学生のび太がタイムマシンでやってきた時、ドラえもんを見て何のリアクションも見せないのはおかしい
- ドラえもんのエネルギーは食べたものを使う原子力エネルギーだからバッテリー切れをするのはありえない(原子炉のトラブルで22世紀に飛んで帰る話がある)
- ドラえもんは1年に1回は22世紀へ行ってバッテリー交換をしていると漫画で紹介されたから、バッテリー切れなんてあり得ない
- そもそも、耳はなくても生活に支障はないと医師が公言している
これらに対する反論ももちろんあり、例えば以下のような見方がある。
- 藤子・F・不二雄による原作の中でも主にタイムマシンなどの時間移動を伴う部分で随所に設定的矛盾がある
このほか、藤子・F・不二雄の原作に対する理解の違いから、このオリジナルストーリーに対しても以下のような相反する見方が存在する。
- 藤子・F・不二雄による原作にみられるのび太を「ドラえもんにいつまでも依存するのび太」と理解し、それを歯がゆく思う人たちに、このオリジナルストーリーが好まれた。(前記2007年1月の新聞コラム)
- 「できる範囲で頑張る」という作品の中で示されるのび太の成長が、「一生懸命頑張って立派になる」というように変わってしまっており、『ドラえもん』のテーマを完全に取り違えている。(同上のコラム、他)
なお、藤子・F・不二雄氏は、エリートは一握りなんだから、エリートになれなきゃダメというのはおかしいというコメントも残している。
波及
いくつかの波及が指摘される。
- 後年の美少女ゲーム『To Heart』(1997年発売)のエンディングの一つ(およびそれを原作としたアニメ『To Heart 〜Remember my Memories〜』の最終回)と重なる部分が多いと言われる。
- ドラえもんのパロディーであるPCゲーム『ぱちもそ』において、EDの一つとしてこの最終回を元にしたものがある。
- 実写映画『ジュブナイル』(後述)。
- ファンの手によってフラッシュムービー化されておりWebで公開されていた時期があった。これは、後述田嶋安恵による同人誌以前に作られた。しかしこれは後に小学館よりクレームがつき公開は終了した(ただしYouTubeなど、一部のサイトで見ることができる場合もある)。
- 田嶋安恵による同人誌(後述)。
実写映画「ジュブナイル」
この話をヒントにして、実写映画『
ジュブナイル』が製作された。これについては、監督の山崎貴のインタビューのウェブページが残されている()。
山崎は、オリジナルストーリー作者に了解を取り、「Director's Thanks」として彼の名前をクレジットした。同時に「ドラえもんあってのオリジナルストーリー」との考えから、藤子プロにも了承を得て「For Fujiko・F・Fujio」のクレジットも含めた。
田嶋安恵による同人誌
この同人誌は半年の間に同人誌では異例の1万3千部が売れるヒットとなった。『ドラえもん』の出版権を持つ小学館サイドも事態の拡大について放置出来なくなり、藤子の著作権を管理する藤子・F・不二雄プロとともに、著作権侵害にあたるとして、2006年6月に文書で警告して販売中止と回収、ネット公表の中止を要請。話し合いにより、田嶋が数百万円の売上金の一部を藤子プロに支払うとともに、在庫の破棄、二度とやらないことを誓約して謝罪することでこの問題は決着した。
<!-- なお、著作権法上、『絵』の著作権は保護されているが、『キャラクターの性格』には著作権が存在しないという「ポパイ・ネクタイ事件」のような過去の判例もある。そのため実質、勝手な続篇製作や最終回などは本質的には問題がないため、こういった事例が今後同人誌などでどのように扱われるかが注目されている。前述の「ポパイ・ネクタイ事件」は1997年に最高裁まで争い、結果的に「漫画のキャラクターは、漫画の著作物から独立して保護される著作性は無い」としている。つまり、ポパイやドラえもんのような同じキャラクターが一定の役割、絵柄で書かれている『一話完結』の漫画作品はそれらのキャラクターの登場したそれぞれの漫画が著作物となり、具体的な漫画を離れてキャラクターのみに著作性を問うことはできないということである。
わが国の著作権法の20条で同一性保持権「著作物の内容や題号を著作者の意に反して改変されない権利」が規定されている。これに照らした場合、著作権侵害となる恐れがあり、今後の問題の進展を見守る必要がある。
確かに「漫画のキャラクター」自体は著作物とはならないものの、他人の著作物を基礎として作成した二次的著作物は、勝手に作成すると著作権侵害を構成する可能性がある。また、二次的著作物とまでならなくても、著作権が発生している「漫画の著作物」を実質的に複製したものであるととして、「漫画のキャラクター」自体は著作物でないため著作権侵害を生じないと判断するのは著作権を侵害する可能性がある。結論として、いずれにしても同人誌の作成は著作権侵害が生じている可能性が非常に高い。
誰の主張か謎のため要出典としてコメントアウト。なお、1929年初出のポパイは著作権は消滅しているため、著作権が失効していないドラえもんの事例と単純に比較できるものではない。ポパイの件については http://www.u-pat.com/h-3.html や http://www.cric.or.jp/qa/sodan/sodan4_qa.html を参照のこと -->
その他の説
ほかにも、以下のようなさまざまなバリエーションのものがあるが、もちろん全て
ファンフィクションまたは誤解。
- 「無限に増え続けた栗饅頭によって宇宙が滅びる」(バイバイン参照)
- :※この話はケロロ軍曹にも栗饅頭がいきなり団子に変更された怪談話として登場する。ただし、宇宙が滅びるということについては、作中で「いきなり団子はブラックホールと化す」として否定されている。
- 「ドラえもんが航時法違反で逮捕される」(1作目の最終回が誤解、曲解されたものと見られている)
- 「時空法が改正され、過去で未来の道具を使うことが禁止される。そしてセワシがドラえもんを未来につれて帰る」(同上)
- 「のび太がドラえもんの道具で悪戯をした為に、ドラえもんの開発者の存在が消え、未来が変わってドラえもんやセワシの存在も無くなった。未来を軌道修正するため、長い年月をかけてのび太・しずか・ジャイアン・スネ夫・出木杉がドラえもんを開発する。」
- 「タイムトラベルを幾度も繰り返して異世界で長く過ごしたため、のび太が実年齢以上に成長して誰にもいじめられなくなり、そののび太に安心してドラえもんが未来に帰る」
- 「未来世界は機械帝国に支配されており、ドラえもんはそのスパイで、未来に帝国反対派のリーダーとなるのび太の未来を変えるべく現在へとやってきたが、のび太に情が移ったドラえもんが裏切り、いつものメンバー及び脇役と一緒に機械帝国を滅亡させて…」という長編の話もある。
- :なお、これは1999年頃にチェーンメールで出回ったもので、「1999年12月31日放映予定」と書かれていることがある(「東映動画に友達がいて…」と出所が書かれている場合もあるが、ドラえもんの製作元はシンエイ動画である)。
- ドラえもんの初登場が正月ということでのび太の初夢という説もある。この説で現実ののび太は正反対の文武両道。
- そのほか、大富豪になったという説もある。
- また、藤子・F・不二雄が亡くなった日の深夜、突然ドラえもんが放送された、という都市伝説もある。オープニングが流れた後、10分ほど後ろ姿で歩くのび太が流され、最後にのび太が「行かなきゃ」と言ってフェードアウトしたという。
- 上記の初夢説でのび太はじつは少女で、ジャイアンは秀才スネ夫は普通の少年しずかちゃんはダメ女という説もある
ドラえもんの最終回の矛盾
のび太植物人間説
- この説には、「ドラえもんは原作では天国の存在を否定している」という矛盾がある。
ドラえもんの開発者はのび太説
- この説でバッテリー交換をすることで記憶が無くなるとあるが、普段漫画でバッテリー交換をしているので、バッテリーを交換しても記憶が無くなることはない。
ドラえもんの最終連載作品
ドラえもん最終回については以上のとおりであるが、映画原作を除き実際に最後に描かれた作品については以下のとおりである。なお本作は複数誌に跨って連載された作品であるため、各誌とも最終連載時期が異なる。
- 『小学一年生』1990年4月号「現実中継絵本」
- 『小学二年生』1987年5月号「なかまバッジ」
- 『小学三年生』1991年5月号「こわ〜い! 百鬼せんこうと説明絵巻」
- 『小学四年生』1991年5月号「こわ〜い! 百鬼せんこうと説明絵巻」
- 『小学五年生』1991年2月号「自然観察プラモシリーズ」
- 『小学六年生』1991年2月号「自然観察プラモシリーズ」
- このうち最終期に連載された作品は、1991年5月号の作品であり、これがドラえもん通常連載の最後の作品となる。なお、通常連載終了後も各誌(基本的に映画原作以外は再録が主体だった『コロコロコミック』も含み)において再録連載は当分の間、継続した。
- 通常連載終了後、連載開始25周年を記念して『小学三年生』『小学四年生』『小学五年生』の3誌同時に1994年7月号〜9月号に集中連載された中編。
- また、コロコロコミックの1994年9月号では完全版としてドラえもん44.5巻という別冊付録で掲載された(完全版と称するもののコミックス45巻では更に加筆されている)。
- 映画原作を除き、通常連載分と本作を区別しないならば、本作が事実上最後の連載作品となる。物語はタイムマシンを効果的に利用したSF色の強い規模の大きな物語であり、映画原作にも匹敵する完成度であった(むしろ劇場原作という枷がない為か、ギャグのシュールさと毒では劇場版を超えている)。本作は現在、単行本45巻(最終巻)の最後に収録されている。1999年に大晦日の特番で「地球を救え! のび太VSアリ軍団」のタイトルでアニメ化されたが、物語が大幅に簡素化されているため、ほぼ完全な別物となっている。
最終回に準ずる作品
最終回ではないものの、実質最終回的な雰囲気を踏まえて製作された作品は以下のとおり。
- 『 小学六年生』1985年9月号掲載「45年後…」(この後に『コロコロコミック』1986年6月号再録、『小学六年生』1989年3月号、1991年3月号でも再録)
- 全作品中で唯一、老年期ののび太(小学6年生ののび太から見て45年後なので56〜57歳)が登場する。ラストシーンではのび太自身が過去の自分に対するエールを送る。これは初収録時が小学六年生であることから、これからの苦難に向けて読者に向けたメッセージとも言われている。
- 『ぼく、ドラえもん。』の付録冊子最終巻の最後に収められた話でもあり、ファンの間でも「実質的な最終回」としてみられることもある話である。
- また、この話は大山のぶ代の『ドラえもん』引退時に最終週の前週に放映された。翌週はほぼスペシャル扱いだったために、通常放送の最終話との位置づけと考えられる。
- なお、この話は2005年〜2006年刊行の『ドラえもんプラス』シリーズ全5巻のコミックスのラスト(5巻最終話)を飾る話としても用いられた。
- 前述の「45年後…」の翌週の2005年3月18日、特番『ドラえもん オールキャラ夢の大集合スペシャル』として放送。アニメ第2作1期としては最後のテレビ放送となった。
- 原作はコミックス35巻の同タイトルのエピソードで、以前にも「ドラえもんに休日を」(1985年3月8日放送、1990年代に再放送)としてアニメ化されている(ドラえもん (1979年のテレビアニメ)#第1期を参照)。のび太がドラえもんに1日だけ休日をプレゼントし、ドラえもんは念のためにのび太に呼びつけブザーを預けた上でミィちゃんとデートに出かける。原作や以前のアニメではのび太がドラえもんを想い、不良少年たちに囲まれてピンチに見舞われても、ドラえもんを呼ぶブザーをのび太は自ら踏み壊し(それを隠れて見ていたジャイアンたちが、「見直したぜ」などといってその不良少年を懲らしめた)、ドラえもんに頼らずに危機を自力で乗り越えていこうとする話である。
- ところが2005年放送のアニメ作品では、のび太が誤ってブザーを押してデート中のドラえもんを呼びつけてしまう。怒ったドラえもんが未来へ帰り、後は「オールキャラ夢の大集合」というだけあって原作とは異なりセワシ、ドラミ、ミニドラたちが登場するといった、ほぼオリジナルのエピソードとなっている。原作の「自力で頑張るのび太」というのび太の成長が描かれるどころか正反対に「ドラえもんなしでは何もできないのび太」のまま描かれており、「改悪」とする意見も聞かれる。
脚注・出典
関連項目
外部リンク
さいしゅうかい
とらえもんのさいしゅうかい