ダイムラーと彼の生涯のパートナー、
ヴィルヘルム・マイバッハの夢はあらゆる種類の移動機関に内蔵することができる小さな内燃機関を作り上げることであった。彼らは1885年に二輪車に取り付けたガソリンエンジンの特許を取得し、それは現代の内燃機関の先駆けと言える物であった。その二輪車は世界初のオートバイと見なされ、翌年には駅馬車とボートにそのエンジンが取り付けられた。
1890年、彼らはダイムラー・モトーレン・ゲゼルシャフト(
Daimler Motoren Gesellschaft, DMG)を設立する。初めて自動車を販売したのは1892年のことであった。ダイムラーは病気を患い会社を休養するが、復帰後他の株主と対立し1893年に辞職する。マイバッハも共に退職しエンジンの開発を続けたが、フレデリック・シムズの仲介で二人は1894年に同社に復帰している。ダイムラーは1900年に死去し、マイバッハは1907年にDMGを退職した。1924年にDMGの経営陣は
カール・ベンツの
Benz & Cie.社との長期協力協定に署名し、1926年に両者は合併し
ダイムラー・ベンツ(
Daimler-Benz AG)となった。
関連項目
外部リンク
出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)