聖書においてガブリエルは「神のことばを伝える天使」であった。ガヴリーエールという名前は「神の人」あるいは「神は力強い」という意味である。ガヴリーエールは、しばしば剣と盾を持って
エデンの園の入り口を守るミカエルと混同されることがある。
ユダヤ教とガブリエル
ユダ王国の滅亡から
バビロン捕囚時代を舞台に書かれた旧約聖書の『
ダニエル書』の中で、預言者
ダニエルの幻の中に現れるのがガブリエルであり、神がその名前を呼ぶ場面がある。(8章15節〜17節参照)ダニエルは雄山羊と雄羊が格闘する幻を見せられ、その意味について思い悩むが、そこへガブリエルが幻の意味を解き明かすために現れる。ガブリエルは「終わりの日」に関するその幻の意味についてダニエルに説明する。ガブリエルは
キュロス王の出現と、ユダヤ人の解放、
エルサレム神殿の再建について語る。
3世紀のラビ・シメオン・ベン・ラキシュは、ガブリエルという名前や天使の思想はユダヤ人が
新バビロニア王国に捕囚されていた時代にバビロニアの宗教の影響によって取り込まれたものだという説を唱えた。この説は現代の学者たちによっても広く受け入れられている。
ユダヤの伝承『
タルムード』では、太祖
ヨセフに道を示したのも、
モーゼの遺体を運んだのもガブリエルであるとされている。『タルムード』に収録されている物語『アガーダ』に記された伝説では、地上であと一日しか生きられないと告げられたモーゼが十三巻の文書を一気に書き上げる。その際、神は太陽の動きを遅め、日が沈むまでに書き終えられるようにした。その時にガブリエルが現われ、その文書を天界の裁判所へ持って行った。そしてガブリエルは死の床にあるモーゼを訪れ慰める。ガブリエルは寝台を用意し、ミカエルが紫色の布をかけた。
キリスト教とガブリエル
画・
受胎告知より(部分)]]
ガブリエルはキリスト教の伝統の中で「神のメッセンジャー」という役割を担うことが多い。たとえば『
ルカによる福音書』では祭司ザカリアスのもとにあらわれて
洗礼者ヨハネの誕生をつげ、マリアのもとに現れて
イエス・キリストの誕生を告げる。聖書本文に名前は出ないが、伝統的に『
ヨハネの黙示録』にあらわれて、ヨハネに神のことばを告げる天使もガブリエルであると考えられてきた。
カトリック教会ではガブリエルは通信事業の
守護者であり、その
聖名祝日はラファエル・ミカエルと共に
9月29日である。ガブリエルがマリアを訪れてイエスの誕生を告げた出来事は「お告げ」あるいは「
受胎告知」といわれ、カトリック教会では
3月25日に記念されている。聖母マリアの純潔を示す、白
百合を携えて描かれていることが多い。また、
ロザリオの祈りの喜びの元儀の第一元儀はこの「お告げ」の出来事になっている。
ただし、正教会をはじめとした
東方教会は
西方教会とは異なる歴史を辿ったため、図像表現についても西方教会における状況がそのまま当て嵌まる訳では無い。西方教会のように優美で女性的な表現はビザンティン
イコンにおいては皆無であり、西方教会の文化的影響を蒙った地域においてもそうした傾向は限定的であり、イコンのみならず宗教的題材を扱った世俗絵画においても同様のことが言える。
イスラム教におけるガブリエル
ユダヤ教、キリスト教から天使の姿はイスラム教にも受け継がれた。イスラム教ではガブリエルは
ジブリールと呼ばれている。
イスラム教では、ジブリールが
アッラーフの命を受け、
預言者ムハンマドに『
クルアーン』をもたらしたとされるため、ジブリールは天使の中で最高位とされる(カイロ版2章97節等)。
- 610年頃、ヒラー山の洞窟で瞑想している時、ムハンマドは突如金縛りに襲われる。そのとき天から大天使ジブリールが現れ、「誦め(よめ)」と言う。(『クルアーン第96章』)ムハンマドは「何を誦めと言うんですか」と苦しさを堪えて尋ねたところ、ジブリールはフッと消えていった。この時点よりイスラム教の聖典クルアーンの啓示が始まったと伝えられている。それから二十三年間、ジブリールはムハンマドの元を度々訪れ、クルアーンの啓示を全て授けていった。
イスラムの伝説では、ジブリールは1600枚の翼と濃い黄色の髪を持ち、両目の間には太陽が埋め込まれているという。彼は毎日、光の大海に360回入り、前に進むとそれぞれの翼からしずくが落ち、アッラーフを讃える天使となる。
クルアーンを示すために現われた時、彼の翼は緑色で東から西への地平線ほどの長さもあり、足は黄色で、輝く顔の両目の間には「神(アッラーフ)のほかに神なし、ムハンマドは神の預言者なり」という言葉が刻み込まれていた。
イスラム教の伝承によると、ムハンマドはある夜ジブリールに起こされ、翼を持つブラークと呼ばれる動物にまたがり、ジブリールに導かれて
エルサレムの夜の空の旅に出る。(『クルアーン第17章』)そこでムハンマドは天国と宇宙を訪れ、全ての預言者に出会い、彼らと共に礼拝を行い、その後再びブラークに乗り、
メッカへと戻ってきた。
イスラムの伝承では、ジブリールはハガルと
イシュマエルが荒野で死にかけていた時に、彼らのために決して減ることのない井戸を
メッカに掘った。また、ジブリールは624年ベドゥルの戦いにおいて、ムハンマドと彼の率いるイスラム教徒の軍勢と共に、反イスラム教の戦士たちを相手に戦い勝利を導いたといわれている。
文学
その他
- アブラハムの宗教と呼ばれるユダヤ教、キリスト教、イスラム教において、ガブリエルは共通して大天使、神の言葉を伝えるメッセンジャーである。
- 中世のオカルティストによって、ガブリエルに方角では東、色では青、物質では水の属性を持つという性質が付与されているが、これはキリスト教の天使観とは無関係なものである。
- 一説でガブリエルは女性と考えられた節があるが、この説は否定されている。イスラム教、ユダヤ教、キリスト教において認められてはいない。伝統的に大天使ガブリエルは男性、中性で表される。
参考文献
- A Dictionary of Angels: Including the Fallen Angels. Davidson, Gustav.Free Press.ISBN 0-02-907052-X
- ANGELS: Heavenly Messengers.Bussagli,Marco.Harry N Abrams.2007.ISBN 978-0810994362
- ダニエル・フイユー/アリス・ル・モワニェ/マドレーヌ・ティボー/アンヌ・ラングロワ/フランソワーズ・スピース/ルネ・トレビュション(著) 榊原 晃三 (訳)『聖書文化辞典』本の友社(1996)ISBN 978-4894390256
- ローズマリー・エレン・グイリー(著)大出健(訳)『図説 天使百科事典』原書房(2006)ISBN 4562039795
- ジョン・ロナー(著)鏡リュウジ/宇佐和通(訳)『天使の事典−バビロニアから現代まで』柏書房(1994)ISBN 4-7601-1133-6
- 矢代幸雄『受胎告知』新潮社(1973)
- 佐々木英也『天使たちのルネサンス』(NHKブックス)日本放送出版協会(2000)ISBN 978-4140018774
- ローラ・ウォード/ウィル・スティーズ (著)小林純子(訳)『天使の姿―絵画・彫刻で知る天使の物語』新紀元社(2005年)ISBN 4-7753-0418-6
- 利倉隆『天使の美術と物語』美術出版社(1999)ISBN 978-4568400557
- ジョン・ミルトン(著)平井正穂(訳)『失楽園』筑摩書房(1979)
関連項目
外部リンク
かふりえる