イギリス海軍(イギリスかいぐん)は
イギリスが保有する
海軍を指す。日本ではイギリスの通称である英国から、
英国海軍や
英海軍とも表記する。
呼称
イギリスにおいて、海軍は先任軍 (Senior Service) とされており、ほぼ形式上のものであるとはいえ
イギリス空軍と
イギリス陸軍よりも上位の存在とされている。
"Royal Navy" (王室海軍) の呼称は、現役の水上艦隊 (Surface Fleet) ・潜水艦隊 (Submarine Service) ・艦隊航空隊 (Fleet Air Arm) の3隊の集合体を指す場合に使用される。また、それら現役の3隊に加え、
王室海兵隊 (Royal Marines) ・王室海兵隊予備隊 (Royal Marines Reserve)・補助艦隊 (Royal Fleet Auxiliary) ・予備艦隊 (Royal Naval Reserve) を包括する概念を指す場合には、イギリス海軍の正式名称でもある
"Naval Service" (海軍) の呼称が用いられる。ただし、英語圏においても公式の文書等きわめて厳格にその概念を区分する必要がある場合を除き、"Naval Service" を指して "Royal Navy" と言うことがむしろ多いほどで、注意が必要である。また、いずれの場合にも名称に国名が含まれていないが、これは国名が省略されているわけではなく、国名を含まないものが正式名称である。
歴史
イギリスは
島国であるため海に囲まれており、海軍の歴史は比較的古い。海軍は
帆船を主として擁し、
ガレー船の類は用いなかったようである。対外戦争で度々海戦を行ってその多くにおいて勝利を収めた。世界のあらゆる場所でイギリスの艦船が行き交い世界一の海軍として並ぶもののない存在であった。
第一次世界大戦から
第二次世界大戦にかけては、多数の
戦艦を保有し、世界各地に拠点を保有していたが、20世紀後半には
植民地の独立と経済不況に伴い、その規模を大きく減じた。21世紀においては、軽
空母3隻を主力としており、戦略的な兵力投射能力は保持している。
イギリス海軍は近代になって平等化運動が始まるまでは非常に非人道的な海軍であり、水兵のほとんどが
強制徴募した人間と犯罪者で構成されていた。
このため、常時反乱の危険と隣りあわせで、反乱を防止するための抑止力として
海兵隊が乗り込んでいた。
イギリスでは泳げない海軍軍人が非常に多いことでも有名である。
これは強制的に水兵にしている兵士が逃げないように兵士には泳ぎを教えないという習慣があったためである。
どこの国の海軍でも入隊したらかならず泳げるように教育するのが通例であり、どうしても泳げない人間は艦隊勤務をさせないのが常識であるが、イギリス海軍では第二次世界大戦のころですら泳げない水兵が珍しくなかった。
特に酷かったのが航空機の乗員で不時着水すると大変だったため、歌に歌われていたほどであった。
サクソン海軍
ノルマンとチューダー王朝前
1155年に
ノルマンディー公が五港同盟を結んで得た船で海軍を作った。
百年戦争の開戦時、イングランド海軍は
フランス海軍に戦力で劣っていたが、
1340年のスルイスの海戦においてフランス艦隊を一掃した。しかし、
1372年と
1419年の
ラ・ロシェル沖におけるフランスと
カスティーリャとの海戦で、イングランド海軍はかなりの損害を負った。そして、イングランド本土の港がジーン・デ・ヴィエンヌ (Jean de Vienne) とフェルナンド・サンチェス・デ・トヴァル (Fernando Sanchez de Tovar) の指揮する艦隊の襲撃による被害を受けた。幸いなことにフランスは海軍力の戦略的重要性を理解していなかったため、
制海権は間もなくイングランドの手中に戻った。
欠地王は500帆からなる艦隊を持ち、
14世紀中頃の
エドワード3世時代の海軍は約712隻の船を保有していた。
ロイヤル・ネイビー
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16世紀に
ヘンリー8世による最初の革命で、王立の海軍 (Navy Royal) として拡張が行われた。
キャラックのグレート・ハリーとメアリー・ローズが建造され、
1545年にソレント海戦でフランス海軍と戦った。
1547年にヘンリー8世が死去するまで、海軍は58隻まで増強された。
ヨーロッパの超大国であり、16世紀において一流の海軍をもつ
スペイン帝国は、イギリス海軍に対する優位とイングランドに侵攻するため、
1588年に
オランダから
無敵艦隊と上陸部隊を出撃させた。スペインの目論みはオランダの妨害と天候不良によって失敗したが、
1589年の
アルマダの海戦でドレーク・ノリス遠征艦隊(イギリス無敵艦隊)が失敗を犯し、戦争の流れはイギリス海軍にとって良くない方向に向かった。また、
エリザベス1世の統治中、大西洋を渡るスペインの船とスペインの港湾を襲撃したが、回復したスペイン艦隊によってたびたび損害を被り、敗北した。
世界進出
第2次と第3次
英蘭戦争においてイギリス海軍は敗北した。その後、緩やかに世界で最強の海軍へと発展していったが、
18世紀前半になるとイギリス海軍は他国の海軍に比べて財政的問題が深刻化し、活動と管理に悪影響を及ぼした。しかし、イギリス政府は
債券を通して海軍に融資する方法を編みだし、資金を得たイギリス海軍は他国の海軍に対処する封鎖の戦略を開拓し始め、常に高い士気、優れた戦術と戦略の段階的発展、多量の資源に支えられた。
1805年から
1914年まで、「ブリタニアは大洋を制した」という言葉通り、世界中の海で圧倒的な支配力をもった。1805年以前もイギリス海軍の戦略的な失敗は、
アメリカ独立戦争中に行われた
1781年の
チェサピーク湾の海戦だけで、この時は有能なコント・ド・グラス(Comte de Grasse)の指揮するフランス艦隊に敗北した。
ナポレオン戦争
ナポレオン戦争開戦時にはイギリス海軍の能率はピークに達し、全ての海軍に対して優位を占めるに至った。
1805年10月21日には
トラファルガーの海戦で偉大な業績をあげた。数も少なく、船も小型であったが、
ネルソン卿指揮下の熟達した艦隊は、フランス・スペイン連合艦隊を相手に決定的勝利を手にした。トラファルガーの勝利は、ヨーロッパ諸国の制海権に勝るイギリスをより有利な立場にし、イギリス海軍は制海権を握ることで、必要な時に必要なだけの兵力を世界中に展開する戦略を確立していった。これは
七年戦争を含めて
19世紀の間に行われた
イギリス帝国の建設で効果が証明された。
ナポレオンはイギリスの制海権と経済力に対抗するため、イギリスと取引するヨーロッパの港を閉鎖した(
大陸封鎖令)。また、多数の
私掠船を認可し、フランス領の
西インド諸島から西半球のイギリス商船に圧力をかけた。イギリスは私掠船のために貴重な戦力を割くこともできず、そもそも大型な船は快速で機動力のある私掠船を追跡して撃破するには効果的ではなかったため、小型軍艦を建造して対応することにした。イギリス海軍は伝統的なバーミューダ様式のスループ帆船を発注し、その他にも多数の小型軍艦を用意した。
ナポレオン戦争中の
1812年に、
アメリカ合衆国がイギリスに宣戦布告して
カナダに侵攻し、
米英戦争が勃発した。より巧みに設計されたアメリカの
フリゲートは、イギリスの軍艦より重いにも関わらず、より快速であった。そのため、幾度かイギリスの軍艦が敗北を被ることがあり、
海軍本部はフリゲートとの交戦を禁止するほどであった。また、アメリカの私掠船による被害も深刻であった。しかし、イギリス海軍は徐々にアメリカの海上封鎖を強化していき、実質的に全ての取引を阻止した。
アメリカ海軍のフリゲートも港に留まるか、拿捕の危険を冒すことを強要させた。
第一次対仏大同盟の結成以来、
1815年にナポレオン戦争が終結するまで、イギリス海軍は344隻の船の103,660名の船乗りを失った。この損害は、民間の船乗りの海軍への
強制徴募や、犯罪者にペナルティとして海軍への入隊を命じることで補填された。
改革と近代化
19世紀の間、イギリス海軍は
海賊行為を抑えるため、強制的な
奴隷売買の禁止を行い、世界地図を作り続けた。現在もアドミラリティー・チャートが存続している。
海図作成の過程で海域や海岸の調査の任務も行い、
チャールズ・ダーウィンは測量帆船
ビーグルに乗って世界中を回り、航海中に行った観察の過程で
進化論を導き出した。
イギリス海軍での生活は今日の水準と比較して厳しかったと言われている。規律が厳しく、戦時規約に服従させるためむち打ちが用いられた。法律では戦時に海軍の人員が不足した際は、
徴兵が認められていた。この徴兵の方法は、徴募官と兵士が対象者のところに突然現れ、令状を突きつけると有無を言わさず基地に連行してしまうという
逮捕まがいの強制徴募であり、評判が悪かった。しかし、大半のヨーロッパ諸国とは異なり、イギリスは常備軍が小さかったため徴兵を実施する必要性はむしろ低く、徴兵は18世紀と19世紀の前期こそ多かったが、ナポレオン戦争の終結と共に廃止された。
イギリス海軍は、世界海軍力第2位
フランス海軍と同第3位
ロシア海軍の艦隊戦力を合計した数と同等以上の戦力を整備するという二国標準主義が採用されてきた。これに基づき、19世紀末までにイギリス海軍は
ロイヤル・サブリン級戦艦といった強力な
蒸気機関を持つ新型戦艦を建造し、強大な海軍力を維持し続けた。しかし、膨張した戦力は順調な世代交代を困難にし、旧式化した戦艦、数十年ほど経過した帆船も数多く残していた。
第一海軍卿の
ジョン・アーバスノット・フィッシャーはそれらの旧式化した艦船の多くを退役させるか、廃棄させることで資金と人材を生み出し、新造艦の建造を可能にした。特にフィッシャーは全て大きい砲で統一するという海軍史に最も影響を与えた戦艦
ドレッドノートの開発に尽力した。また、ビッカース社のジョン・ホランド (John Holland) が設計した
潜水艦も購入し、潜水艦の導入と艦船の燃料を石炭から重油に切り替えることも奨励した。燃料の切り替えは、実験と
パーソンズが開発した新式の
蒸気タービンによって速度と
航続距離の向上に繋がった。
エクセレント (HMS Excellent) の艦長パーシー・スコット (Percy Scott) は新しい砲撃訓練の計画と中央射撃管制所を導入した。これは命中精度の改善と効果的な戦闘ができるようになった。
第一次世界大戦と軍縮条約
第二次世界大戦
ヨーロッパ大陸へ
連合軍の上陸後、海軍はスヘルデ川の戦いのような海岸近くの戦闘で火力支援する程度まで役目が減った。そのため、アメリカ海軍司令長官
アーネスト・キングのイギリスの助力は無用であるとの反対を押し切り、アメリカ海軍が日本海軍を壊滅寸前に追い込んでいた太平洋戦線に空母を中心とする任務部隊を派遣した。しかし、艦隊を支援するのに十分な補給部隊がおらず、補給はアメリカに頼らざるを得なかった。また艦載機の運用技術でもアメリカに大きく劣り、結局米艦隊のお荷物にしかならず、イギリス海軍の凋落を象徴する結果となった。
冷戦
(BAE Sea Harrier)]]
大戦終結後、
イギリス帝国の衰退とイギリスの経済難は、イギリス海軍に規模と能力の縮小を強要した。そして、より強力となった
アメリカ海軍は世界的平和を維持するためイギリス海軍の役割を引き継いだ。しかし、
ソビエト連邦の脅威と世界的なイギリスの責任により、海軍に対する新しい役割が生まれた。
1960年代に最初の
核兵器を導入し、その後しばらくして
核抑止力の維持に責任を負うようになった。この新たに始まった
冷戦へ対応するため、国防政策は切り替えられ、各海域の艦隊が再編された。
1967年には
スエズ以西を西方艦隊、スエズ以東を東方艦隊に改変し、冷戦後期には北大西洋でソ連の潜水艦を撃沈するため、イギリス海軍は
対潜空母と小型の
駆逐艦と
フリゲートで編成された。しかし、大戦後にイギリス海軍が行った最も大規模な作戦はソ連との交戦ではなく、
アルゼンチンに対してであった。
フォークランド紛争では勝利に貢献したものの、アルゼンチン空軍機の攻撃により、駆逐艦やフリゲート艦、民間徴用船を含め多数の艦艇を失ったが、イギリス本国から約13,000キロも離れていても戦闘できることを証明した。アルゼンチンと交戦した唯一の
原子力潜水艦は
コンカラーであり、巡洋艦
ヘネラル・ベルグラノを撃沈した。この紛争は空母と潜水艦の重要性の強調だけでなく、20世紀後半においてもイギリス海軍が民間船の調達に依存しているという問題を露出した。
現在
イギリス海軍は冷戦の終結後、政策転換により
紛争に対応するため航空母艦を世界各地に展開させることを要求された。また、駆逐艦やフリゲートは海賊行為に対処するため
マラッカ海峡や
ホーン岬に配備する必要があった。これを受けて、イギリス海軍は北大西洋に基地を置く対潜警戒を主任務としていた艦隊を、遠征向けの艦隊にするいくつかの再編成計画を
1990年代から実施した。
武器体系
王室海軍および予備艦隊所属の戦闘艦艇にはHMS(''His or Her Majesty's Ship 陛下の船の意)の頭文字がつけられ、補助艦隊所属の補助艦艇にはRFA (Royal Fleet Auxiliary'') の頭文字がつけられる。
軍艦旗
ホワイト・エンサイン (the white ensign) を王室海軍および補助艦隊の
軍艦旗と定めている。
艦艇
現在就役中の艦船は以下の通り。
航空機
士官の階級
Image:UK-Navy-OF10.svg|海軍元帥(Admiral of the Fleet)
Image:UK-Navy-OF9.svg|海軍大将(Admiral)
Image:UK-Navy-OF8.svg|海軍中将(Vice Admiral)
Image:UK-Navy-OF7.svg|海軍少将(Rear Admiral)
Image:UK-Navy-OF6.svg|海軍代将(Commodore、佐官に分類されるが大佐とは独立した階級。)
Image:UK-Navy-OF5.svg|海軍大佐(Captain)
Image:UK-Navy-OF4.svg|海軍中佐(Commander)
Image:UK-Navy-OF3.svg|海軍少佐(Lieutenant-Commander)
Image:UK-Navy-OF2.svg|海軍大尉(Lieutenant)
Image:UK-Navy-OF1.svg|海軍少尉(Sub-Lieutenant)
Image:UK-Navy-OFD.svg|海軍少尉候補生(Midshipman)
関連項目
外部リンク
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