アンジュー家(アンジューけ、Angevin)は、
フランス王国の
アンジュー地方を統治した
伯爵家である。後年、アンジュー伯を祖とする王朝が誕生したため、ここから誕生した
王朝を
アンジュー朝と呼ぶ事がある。ちなみに、イングランド王家のものと他のアンジュー家には直接の血縁関係はない。
イングランドのアンジュー家(プランタジネット家)
第1のアンジュー家は、アンジュー伯フルク1世(在位
909年 -
942年)を祖とし、12世紀には周辺の
トゥーレーヌ、ヴァンドーム、メーヌを支配した。
シチリア・ナポリのアンジュー家(アンジュー=シチリア家)
第2のアンジュー家は、フランス王家である
カペー家の支流、カペー系アンジュー家である。イタリアでは
アンジョ(Angiò)家と呼ばれる。プランタジネット家がフランス国内の所領を没収された後、フランス国王
ルイ9世の弟
シャルルがアンジュー伯に封じられ、シャルルを祖とするアンジュー家が成立する。
ヴァロワ家系アンジュー家(ヴァロワ=アンジュー家)
スペイン・ブルボン家
元来アンジュー公はフランス王家の爵位であり、スペイン・ブルボン家では用いられていなかったが、
アンリ・ダルトワの死によりフランス・ブルボン家が断絶すると、フランスの正統王党派(
レジティミスト)の一部がスペイン・ブルボン家の
モンティソン伯フアン・カルロス(
カルリスタの推す王位請求者であった)をその後継者とし、その孫
マドリード公ハイメはアンジュー公の称号を用いた。以後、レジティミストが支持するフランス王位請求者はこの称号を用いるようになった。
関連項目
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)