人物
東京都立青山高等学校卒業。
高校在学中に漫画家の
島田啓三に師事し、
昭和30年(
1955年)、『
漫画少年』に「新桃太郎」が掲載され漫画家デビュー。この作品はわずか3ページほどの短編であるが、師である島田から何度も書き直しを命じられ、苦心の末投稿を許されて掲載されたものだという。
やがてその繋がりで
新漫画党に入党。
豊島区の
トキワ荘に通う事になる。当時は生真面目な青年で、トキワ荘仲間(新漫画党)の活動のいい加減さに激怒し抗議文を書いて飛び出すが、戻ってきた時に彼らの漫画に対する情熱を目の当たりにし、
藤子不二雄(藤本弘)からもたしなめられ、それからというものトキワ荘一の道楽主義になる、というエピソードは語り草となった。(藤本曰く、「クソマジメの典型のような奴だったが、マジメが消えたらクソしか残らなかった」)
デビューから3年後に
UFOを目撃し、趣味で
オカルトを研究。日本の心霊研究の第一人者となる。
オカルト、恐怖怪談系の作品が有名になってしまったが、
極真空手の世界を描いた『
空手バカ一代』や本格的将棋漫画の草分け的存在となった『
5五の龍』、様々な女性たちの運命をリアルに描いた『女たちの詩』シリーズなど、TVドラマ化された漫画も数作あり、実際にはギャグからシビアなもの、少年・少女向けから大人向けまでと、オールラウンドな漫画家である(後述の作品リストを参照)。
「恐怖マンガとしての表現」の範囲で
エンターテインメント性を重視し、心霊研究に関しては、単なる興味本位の「心霊スポット巡り」や「狐狢狸(
こっくり)さん」といった、霊を弄ぶような行為に警鐘を鳴らし続けた。「先祖などを大切にする」「より正しい死後の霊界」といった内容を漫画作品や執筆、時には出演したTV番組や講演などで常に訴え続けてきた。また「超能力・霊能力」の実証研究や分析もしている。
将棋アマ五段、
スキー1級、
書道三段、
催眠、
空手、
剣道など多趣味で知られている。特に将棋については『5五の龍』他の作品にみられるとおり造詣が深いが、プロ
棋士等とのトラブルも時折噂されることがある。
略歴
- 1955年 - 『漫画少年』に「新桃太郎」でデビュー。新漫画党に入党し、トキワ荘グループの一員となる。
- 1958年 - 月刊漫画誌『りぼん』(集英社)に連載された「ルミちゃん教室」が人気を博す。
- 1961年 - 少年・少女・青年誌などに話題作を発表し続け「第2回講談社漫画賞」を受賞。
- 1963年 - 石森章太郎、鈴木伸一、藤子不二雄らと共にアニメ製作会社スタジオ・ゼロを設立する。
- 1971年 - スタジオ・ゼロ解散。
- 1971年 - 『週刊少年マガジン』(講談社)に掲載された「空手バカ一代」が人気を博し、のちにテレビアニメも製作された。
- 1973年 - 『週刊少年マガジン』誌上で「うしろの百太郎」、『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)誌上で「恐怖新聞」をそれぞれ連載し、好評を博す。以後、心霊研究家としても活躍するようになる。
作品リスト
- ルミちゃん教室(1958年、りぼん、集英社)
- ばら色の海(1961年、なかよし、講談社)
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ブラック団(1964年、週刊少年サンデー、小学館)
- 俺の太陽(1965年 - 1966年、週刊少年サンデー、小学館)
- 忍者あわて丸(1965年 - 1968年、週刊少年キング、少年画報社、TVアニメ「ピュンピュン丸」の原作)
- 怪虫カブトン(1966年、週刊少年サンデー)
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虹を呼ぶ拳(1969年 - 1971年、冒険王、秋田書店)
-
空手バカ一代(1971年 - 1973年、週刊少年マガジン、講談社)
- 泣くな! 十円(1971年 - 1973年、週刊少年チャンピオン、秋田書店)
- 女たちの詩シリーズ(1971年 - 1973年、プレイコミック、秋田書店)
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うしろの百太郎(1973年 - 1976年、週刊少年マガジン)
-
亡霊学級(1973年、週刊少年チャンピオン)
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恐怖新聞(1973年 - 1976年、週刊少年チャンピオン)
- メギドの火(1976年、週刊少年サンデー)
- その太くん(1976年、週刊少年マガジン)
- 呪凶介PSI霊査室(1977年、週刊少年キング)
- 魔子(1978年、ビッグコミック、小学館)
-
5五の龍(1978年 - 1980年、週刊少年キング)
- 銀座花族(1980年、週刊女性、主婦と生活社、TVドラマ「虹子の冒険」の原作)
- 真夜中のラヴ・レター(1981年、週刊女性、主婦と生活社)
- 蓮華伝説(漫画ゴラク)
- ときめきの墓(1977年 - 1978年、週刊明星、集英社)
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新うしろの百太郎(週刊少年マガジン、講談社)
- 新説百物語(サスペリア、秋田書店)
- ホラーペンション(1987年、月刊ハロウィン、朝日ソノラマ、TVドラマ化)
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学園七不思議(1986年 - 1989年、サスペリア、秋田書店、TVアニメ「ハイスクールミステリー学園七不思議」の原作)
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恐怖新聞II(1990年〜1993年、サスペリア)
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うしろの百太郎 平成版
-
恐怖新聞 平成版
- うしろの始皇帝(2006年、学習研究社刊)活字本新刊
他、短編など多数。
逸話
- 『進ぬ!電波少年』のコーナー「電波少年的○○人を笑わしに行こう」にネタを投稿し、採用されたことがある(同じネタを投稿した人が他にもいたため、テロップでは「つのだじろうさん(漫画家)ほか9名」と紹介)。
- 『ピュンピュン丸』はテレビアニメの主題歌も作詞したが、歌詞の内容があまりにも脳天気であったため、作曲担当の小川寛興が驚き呆れたという。
-
藤子不二雄の代表作のひとつである『オバケのQ太郎』は、藤子不二雄(藤本弘)の結婚披露宴においてつのだが、「彼(藤本)は、オバケなど不思議なものが大好きです」とスピーチした事が執筆のきっかけになったという。しかし、つのだ本人はそのことを憶えていない。
- つのだの個人事務所は「秦(しんの)企画」というが、秦(しんの)とはつのだの父の旧姓であり、その名の由来はつのだによれば、秦の始皇帝の末裔だからだという。
梶原一騎との確執
- 『空手バカ一代』の作画を務めていた際に、原作者の梶原一騎(とその実弟の真樹日佐夫)と不仲になり、その鬱憤を『魔子』の中でアナグラム(「カラワジ・イキツ・キマト・ワヒオサ・ハノクキヨウ・ミツオ・レシモオイ…呪われよ!」「カチク・ツテバン・ダクリノノロイ・オウケミクニク・ルクシミ・クタルバ…呪われよ!」)に託して呪ったもののあっさり看破されてしまい、梶原兄弟によって監禁され、各方面への詫び状を書かされてしまった(斎藤貴男『夕やけを見ていた男 評伝梶原一騎』pp.275 - 276 新潮社、1995年 ISBN 4104030015)。
- 『恐怖新聞』第13話「笑う骸骨」には、嫌われ者の粗暴な侍として「梶川市之進」という男が登場し、梶川を見た町民は「かかわりあいになるな! うかつにさわると首がとぶぞ!!」と逃げまわるシーンがある(言うまでもなく「梶川市之進」の名は梶原一騎の名前をもじったものである)。
- かつて自身の公式サイトで『空手バカ一代』について触れ、「いつまで経っても原作の原稿が届かない、こんな状況で仕事ができるわけないだろう!」と不満をぶちまけていたこともある(公式サイト内の該当テキストは既に削除)。
アシスタント
関連
脚注
*
出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)