概要
番組は、
「てんぷく笑劇場」と
「減点パパ」(放送時間移動後開始。後に『減点ファミリー』に改称。なお、放送時間移動前は娘と父親のお見合いコーナーだったようである)の2部構成となる。
視聴者は
大河ドラマを見る前の定番番組(放送時間移動後)と位置つけていた。
ただし、コーナーに分かれている形式が災いして、(放送時間移動後は)19:30頃より他局にチャンネルを替えられることも多かった。
(放送時間移動前は、「
8時だョ!全員集合」(
TBS)などが競合した。これが放送時間帯移動の一因だった可能性もある。)
とりわけ、低年齢の子供のいる世帯では、「
世界名作劇場」枠(
フジテレビ)にチャンネルを替えられることが多く、したがって同番組は「てんぷく笑劇場」の前半と「減点パパ」のラストだけしか見られなかった世帯も多い。しかしこうした視聴でも十分存在感があった。
番組ラストには、子供の歌で「大きなまる」という歌が歌われた。父を思う子供の気持ちが歌詞に歌われている。
だが、放送当時はVTRが
2インチ規格で機器・テープ共に高価だったうえ、
著作権法の事情などで番組の資料保存が安易にできなかった(当時も短時間の番組を中心に放送後は上書き消去される場合が多かった)ことも重なって、1980年9月以前の回はNHKには3本ほどしか残っていない。それ以降は欠番はあるものの現存している。
CS放送での再放送はこれまで行われていなかったが、2008年4月から
チャンネル銀河で再放送されている。
内容
てんぷく笑劇場
三波が男性役の場合、大抵は三波田伸吉という役名であり、粗暴だが人情家といった役が多かった。なお、中村メイコの役名はいつも本名である(神津)五月であった。概ね三波と中村は夫婦役であるが、ある時は嫁姑、またあるときは幼なじみなどいくつかの設定があった。なお、伊東は初期の数年間で降板。準レギュラーには
トニー谷、
谷幹一や
由利徹など。主に東京系の喜劇人が出演。脚本は前川宏司が担当していた。
タイトルの「てんぷく」は三波と伊東が在籍していた「
てんぷくトリオ」から採ったもの。「てんぷくトリオ」は本来「転覆トリオ」であるが、この番組では「天福」の文字が当てられ、セットの看板などで用いられていた。
減点パパ(減点ファミリー)
三波伸介とゲストの芸能人の家族とのトークコーナー。最初は家族(通常は子供)が出てきて、三波がゲストの芸能人の顔の特徴について質問をしながら、大きなパネルに似顔絵を描く。描き上がったところで、三波が「お父さん(お母さん、お爺さん等の場合もあり)を呼んでください」と子供を促し、子供に「パパ〜」「お父さ〜ん」などと呼ばれてゲストが登場する(この時、はじめてゲストが誰なのかわかる)。三波はゲストに対し(例)「○○君がお父さんにやめてほしいと思っていることは何でしょう?」などと家族についてのクイズを出し、正解すると似顔絵の周りに○、間違えると×の札を付ける。間違えると、三波に「違います」と冷たく言い放たれて面食らったり、子供の発言に三波やゲストが驚いたり爆笑したりするなど、三波の巧みな問いかけでゲストの意外な一面を見られることが魅力であった。コーナーの最後に、ゲストについて子供が書いた作文を子供自ら読み上げる。ゲストや三波が思わず涙を流すことも多く、最後には三波が似顔絵の上に大きな○の札をつけて丸くおさめる。三波は、特に感動したときには「もう全部(○を)つけちゃう。あるだけつけちゃう」などと言いながら、大きな○をつけた後にも、残っている○の札をパネルに全部貼り付けることもあった。もともと登場する芸能人は父親のみであったが、ある日「私にはお父さんがいないので『減点パパ』には出られない」との投書があったのを機に、『減点ファミリー』に改題し、母親や祖父母なども登場するようになった。
なお、当初後半のコーナーは
笑福亭仁鶴を進行役とするコーナーであったが、
1973年5月から、この『減点パパ』コーナーに変更された。
関連項目
おわらいおんすてえし
出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)