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琉球史に残るミステリー
ナーチラー
琉球には宝刀と呼ばれる三振の刀が存在する。
まずは千代金丸(ちよがねまる)。
北山王攀安知が所持していたが、尚巴志により城を攻め滅ぼされる時、
この刀で自害しようとしたが、
主の命を守る霊力が込められた刀のため死にきれず、
志慶間川に投げ捨ててから命を絶った。
これを伊平屋の住人が拾い上げて中山王に献上したという。
次に治金丸(じがねまる)。
宮古島の豪族、仲宗根豊見親が所持していたが、
八重山諸島平定の際に尚真王へ献上。
王は武術家の阿波根に命じて、この刀を京都の研ぎ師に研がせたが、
研ぎ師が偽物にすり替えて渡したのに気づかず帰国、再び京都に戻り、3年の月日をかけて取り戻したという。
最後に北谷菜切(ちゃたんなーちりー)。
または、妖刀「ナーチラー」。
ある日、北谷の農婦が包丁を振ったところ、触れてもいないのに子供の首を切り、殺してしまった。取調べで無実を訴え、役人が山羊に向かって包丁を振って試すと、同じく首が切れ、農婦は放免となった。
この包丁を刀に鍛え直したものが、北谷菜切であるという。
あぶりわずらい
ある時、粟国島の荒野に赤く光る発光体が現れました。 そして、この光が目撃されてから、なぜか島の人や家畜が次々に体調を崩し、 3、4日と経たずに死んでしまったのです。 当時この病は「炙煩(あぶりわずらい)」と呼ばれました。 琉球王府の役人が調査にあたったが、結局謎のまま。 この時のことは「粟国島で起こった怪事件」と、琉球史書「球陽」に記されています。
おもろさうし
「おもろさうし」とは、尚清王の時代から、尚豊王の時代(およそ1527年~1640年)にかけて作られ、沖縄の古い歌謡である“おもろ”を集録した歌集。
「おもろ」の語源は「うむい(思い)」であり、元々は祭祀における祝詞だったと考えられている。
王族や神女、航海者などについて歌われ、中には恋歌もあるそうだ。
さらに「おもろさうし」には、“今帰仁勢理客の神女アケシノが、本部半島嘉津宇岳から通り雨を降らせ、運天小港に到着した日本軍勢の鎧を濡らして士気を下げ、撤退させる呪いをかけた”というものもある。
日本軍勢とは「源為朝」の事ではないかという説もある。
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