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新城島について

あらぐすくじま

新城島

西表島と黒島の間に小さな2つの島で[新城島パナリ])と呼ばれている。上地島と下地島とに離れ(パナリ)ていることからそう呼ばれている。2つの島は引き潮の時には繋がり、歩いて行き来できるほどの距離になる。現在パナリには全体が牧場になっている下地島に管理人が2人、上地島に4人が住んでいる。

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新城島(あらぐすくじま)は、沖縄県八重山郡竹富町にある島。八重山諸島の中の一つであり、近隣の島には、西表島、黒島などがある。新城島は、上地島と下地島(沖縄県宮古島市に属する下地島とは異なる)に分かれており、2つを合わせて新城島と言う。そのため、パナリ島とも呼ばれる。パナリとは、現地の方言で、「離れ」と言う意味である。全島が西表石垣国立公園に含まれる。
両島の間には、約420mにわたって深さ4mほどの浅い水域があり、干潮時には歩いて渡れる。

特徴

人口
この島の人口は、2005年8月現在、7戸7人。その内、上地島が5人、下地島が2人である。島民の中には一年中居住していない者もおり、実質在住は3人。集落は上地が西海岸中部に、下地は北部にそれぞれ位置する。
島の周辺施設
島には、観光施設の類は何も無い。そして、金融機関や郵便局(郵便ポストはある)、店も無い。下地島は、パナリ牧場の所有者の私有地のようになっている。上地島はかつて小学校もあったが、森と、無人の沖縄の家が広がっているが、祭の時期には島の出身者が戻り賑わいを見せる。ヘリポートや防波堤も整備されており、防波堤には6億5千万円の費用がかけられた。 他には、
人魚神社 - ジュゴンを祭る。かつてはジュゴンの肉が名産品であった。立ち入ることや撮影は禁じられており、入ると報復を受けるという言い伝えがある。 南ビーチ
などが挙げられる。

島の遺跡

新城島には古琉球から近世にかけての遺跡が多数ある。
上地島 ブシヌヤー遺跡:「武士の居館」という意味の遺跡。 タカニク遺跡:先島諸島火番盛(国指定史跡)のひとつ。かつてはニシヌブシヌヤー(北の武士の居館)があったとされる。八重山式土器や輸入陶磁器が発掘されている。 ポーンヤマ遺跡:パイヌブシヌヤー(南の武士の居館)と呼ばれ、砂浜に突き出た岩の上に石垣が築かれている。一辺3mほどの方形の石積墓が6基あり、やはり土器や陶磁器が見つかっている。 ウブドゥムル遺跡:ウブドゥ村の跡といわれ、屋敷囲いがある。 下地島 ナーシキ貝塚:八重山式土器やパナリ焼などが発掘された。 伝・ウィスク村跡遺跡:大量の土器と輸入陶磁器が発掘されている。 伝・ナーメ村跡遺跡 伝・フザトゥ村跡 伝・マヒヤン村跡遺跡 伝・アラスク村跡遺跡 伝・フカバレー村跡遺跡

歴史

成宗8年(1477年)に朝鮮の済州島の漂流民3人が与那国島の島民に救助された際、波照間島の次に「勃乃伊島」に護送されたとあり、これが新城島の事とみられる。漂流民らによると波照間島からは一昼夜で着き、島は平坦で2日ほどで一周できた。民家は40戸余で、男女ともに青い玉を腕輪や足輪としていた。また、キビやアワ、麦が栽培されていたが、米は西表島で入手していたという。
近世初頭には、琉球王国の2島・6間切のうち黒島に属した。水田がないため、島民は西表島の南風見村に船で通って耕作を行なった。1893年(明治26年)に八重山列島を訪れた笹森儀助は、南風見村の東の海岸に新城島や黒島の農民の小屋が数軒あり、数十人がいると記録している。なお、南風見村は1920年(大正9年)に廃村となったが、1938年(昭和13年)から入植が始まり、大原集落が形成された。第二次世界大戦の沖縄戦では新城島民は大原集落への疎開を命じられたが、同地でマラリアにかかる者が多発し、1945年(昭和20年)には島の人口255名中、24名が死亡している。
1955年(昭和30年)頃から西表島や石垣島への転出が増加し、下地島は1963年(昭和38年)に無人島となった。1975年(昭和50年)には、長年望まれていた西表島からの海底送水が実現したが、過疎化のため上地小学校は廃校となった。現在は牧畜業が営まれ、下地島は全体が肉用牛の牧場になっている。

交通

島に空港は無いため、島へ行く方法は船のみである。上地の集落近くには上地港があるが、定期航路は無い。石垣島にある安栄観光では、島に行く人が5人以上いれば、西表行きの船を新城へと臨時寄港ができる。それ以外では、船をチャーターするか、観光ツアーの一環で訪れるしか方法は無い。

その他

この島は秘祭の島として有名で、外部の人間は決して見ることが許されなかった。近年では見学は許されるが、記録は一切不可との報告もある。 1989年に放送されたTBS系ドラマ『空と海をこえて』で、主人公達のワークキャンプの舞台に使用された。

外部リンク

竹富町ホームページ(公式サイト)美しき島々 ~新城島~ ぱいぬ島ストーリー - 竹富町観光協会

参考文献

日本歴史地名大系(オンライン版) 小学館 (『日本歴史地名大系』 平凡社、1979年-2002年 を基にしたデータベース)

出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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